やくもあやかし物語
教頭先生を追いかけていくと、向こうに鳥居が見えてきた。
「阿須賀神社ですね」
電話線のある所ならどこへでも行ける交換手さんは、まだ距離があるのに神社の名前を言い当てる。
「あれ?」
てっきり神社の鳥居を潜るのかと思ったら、その手前で左に曲がった。
新宮歴史民俗資料館への矢印があるので、そっちかな?
「いえ、ちがいます」
「ちがうの?」
「ちょっと巻き戻します」
そう言うと、交換手さんの前に黒電話のダイヤルの部分だけが現れて、交換手さんは0と5を回した。
ジーーコロコロコロ ジーーコロコロ
5が回り終って戻ってくると、鳥居と矢印の間に道が現れた。
「無線機のスイッチを入れてください」
「ラジャー!」
バッグの中の無線機のスイッチを入れる。
みかん畑のとこでも言ったけど、交換手さんは電話線のある所ならどこにでも行けるけど、電話線が無いところには踏み籠めない。
そこで、お爺ちゃんからもらった無線機のスイッチを入れて延長する。一個は木の陰に置いて、もう一個を持って道に踏み込む。電波の届く範囲なら、これでだいじょうぶ。
道は上り坂になっていて、道は丘の上に繋がっている。
「丘じゃありません、山です、蓬莱山です」
「え、徐福が目指した?」
「はい、時空の狭間からしか行けない蓬莱山ですけどね」
普通の神経なら「なにそれ?」ってことになるんだろうけど、あやかし慣れしたわたしには分かる。世の中には、リアルの時間からは切り離された場所と云うのがあるんだ。
教頭先生は、学校で、わたし以外であやかしが見えるただ一人の人。
二度ほどあやかしについてアドバイスしてもらった。
先生が忙しいのか、わたしが人見知りのせいか、必要以外でお話したことは無い。
五分もかからずに山頂に着いたわたしと交換手さんは薮の陰に隠れて様子を窺ったよ。
教頭先生は、こんな感じ。
しまった、早く着いてしまったという感じで、上着を脱ぐとハンカチでオデコや顔を拭いた。
ネクタイを緩めると、カバンからペットボトルを取り出して、グビグビと2/3ほども飲み干した。
わたしは、のどが渇いていても半分も飲まないので、ずいぶん喉が渇いているんだと感心した。
「まあ、東京からは遠いですからね」
まさか、東京から走ってきたわけじゃないよね?
「なにか現れます……」
思わず、口に手をあてる。
保育所の時、先生に「静かにしなさい!」と言われた時を思い出した。
しばらくすると、山の向こう側から公園で見たのと同じ姿が現れた。
徐福だ!?
教頭先生は、立ち上がるとネクタイだけ直して、ペコリとお辞儀する。
お辞儀の仕方がペコリお化けみたいなんで、ちょっと可笑しくなる。
二言三言話すと、徐福は、うんうんと頷き、労わるように先生の肩を叩いた。
それから、懐から、千疋屋とかで売ってそうな果物の包みを渡して、もう一度頷いたよ。
果物の包みは、半分ほどほぐれていて、中身が見えそう……
!!
徐福と目が合いそうになって、急いで身を隠す。
三十秒ほど息を殺して、おそるおそる顔を上げると……徐福も教頭先生の姿も無かった。
交換手さんと頂上を横切って、山の向こう側を見ると、山肌は一面のみかん畑。みかん畑はかすみの向こうまで果てしなく広がっていたよ。
一個ぐらいもいで帰ろうかと思ったけど、果てしなくあっても人のものなので我慢した。
家に帰ると、交換手さんが電話してきた。
『教頭先生、ご苗字はなんと言いますか?』
「うん、ハタ先生だよ」
『ハタ……どんな字を書きますか?』
え、あ、そう言えば、普通には先生も生徒も『教頭先生』と呼んでいる。ときどき、PTAとか校長先生とかが『ハタ先生』と呼んでいて、それで憶えたんだ。
「ちょっと待ってね」
一学期の始業式でもらった学年通信を出してみる。
「ええと……春って字の日を禾(のぎへん)に変えた字だよ」
『あ……ああ、分かりました。ありがとうございます』
自分でも紙に書いてみる。
パソコンで『はた』で入力して、分かった、秦と書いて『ハタ』って読むんだ。
で、これは秦国の秦だったよ。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 教頭先生
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六条の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王 伏姫(里見伏)