かの世界この世界:189
目の前の情景は現実ではない。
義経軍は未明の高松の町に火を放ちつつ屋島へ殺到しようとしている。
瀬戸内海対岸、兵庫県の一の谷から逃げて四国の屋島に籠った平家は、海の方角だけを警戒していた。
まさか、背中を向けていた高松の方から攻めてくるとは思ってもいない。
まして、昨夜来の嵐は、明け方になって、ようやく静まり始めたところで、一の谷から船を出して追ってきたとしても、到着は昼過ぎになるだろうと平家は踏んでいる。
それが、もう背中に匕首(あいくち)を突き付ける勢いで迫ってきているのだ。
火を背景に迫って来る軍勢は、実際よりも多く見えるし、狂暴に感じる。
一の谷でも、海を警戒していたら背後の鵯越(ひよどりごえ)の崖の上から襲い掛かられ、ほうほうの態で屋島に逃げてきたのだ。その大敗北の記憶が、火を背景に迫って来る軍勢を、ことさら大きく見せている。
「げ、源氏の軍勢だあ!」
平家の軍勢は、ほとんど手向かいすることもなく、蟻のように海に逃れ、海に張り出した天然の要害・屋島は易々と義経の手に落ちた。
「鮮やかな勝ちっぷりだ!」
ヒルデが大感激のあまり、ブルブルと身を震わせている。
横目で、チラリと覗うと、突然の恋に落ちたように頬を染め、目を潤ませている。
「姫以外に、あのような戦いができる武人がいたのですね、それも、こんな遥か極東の地に……」
タングニョ-ストも信じられないという顔をして、ヒルデの後ろに控えている。
「義経をブァルキリアの戦士に、いや、一方の将軍に迎えたい!」
「わたしも同感です!」
主従の意見が感動と共に一致して、昼のチャイムと共に学食のランチの列を目指す三年生のように地を蹴った。
「待って! あれは幻だから!」
「グ、幻!?」
呼び止めると、つんのめりながら振り返り、止めたわたしを敵のように睨んでくる。
「あれはね、イザナギさんの国造りがうまくいけば、千年ほど先に見られる戦いなんだ。いわばPV、予告編だ」
「よ、予告編か」
「せめて、大将・義経の顔を拝みたいもにですねえ」
タングニョ-ストも歴戦の軍人らしく残念がる。
「義経てのは、反っ歯の小男で(^▽^)/……」
ケイトがバラしそうになる。
「なにを、デタラメなことを(^_^;)」
「ちょ、なんで……フガフガ……」
口を塞いでひっくり返してやる。
「なんで、そんなことを知って……」
「小学校のころ『マンガ日本の歴史』で……」
「そうか、でも、夢を壊すな!」
「う、うん」
「そうか、わたしが作ろうとしている国は、そういう英雄が大活躍する偉大な国なのだな……心してかからなければな」
イザナギさんが神妙な顔になって、帯と太刀の緒を締め直して、キリリとした。
さすがに国生みの神、キリっとすると中々のもので、大河ドラマの主役のように見える。
グウウウウウ
と、思ったら、派手にお腹が鳴って、締めたばかりの帯と太刀の緒がずり下がって、ポッコリとお腹を出してしまう。
ま、まあ、愛すべき神さまと理解しておこう(^_^;)。
「そう言えば、朝食もまだだった。このあたりは、讃岐うどんが美味しいはずだな……」
日本神話の英雄は、再び帯と太刀の緒を揺すりあげると、彼方を窺いながら鼻をクンクンさせた。
☆ 主な登場人物
―― この世界 ――
- 寺井光子 二年生 この長い物語の主人公
- 二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
- 中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
- 志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長
―― かの世界 ――
- テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
- ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
- ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
- タングリス トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
- タングニョースト トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属
- ロキ ヴァイゼンハオスの孤児
- ポチ ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
- ペギー 荒れ地の万屋
- イザナギ 始まりの男神
- イザナミ 始まりの女神