かの世界この世界:193
平家が乗り捨てた舟がありますよ。
岡山に渡る舟に困っていると言うと、与一は海辺まで案内してくれる。
「与一ですから、余りものを見つけるのはうまいんです(^_^;)」
自虐的なんだけど、与一が言うと、なんだか和む。
「平家の大半は舟で逃げてしまいましたが、討ち死にした者や四国の内陸に逃げた者もいますからね、舟は余っています」
大型の船は源氏が輸送用に接収しているが、十人程度が乗る舟は結構残っている。
「では、お気をつけて」
自分の事は聞かれるままに話してくれた与一は、こちらの事情は、ほとんど聞くこともなく、穏やかに送り出してくれた。
「わたしが漕ぎます」
命ぜられたわけでもないのに、タングニョーストは舟の後ろに回って漕ぎ始める。
「背嚢持ちましょうか?」
ケイトが申し出るが、ゆるく首を振って、こう言う。
「いいや、こうやって担いでいると、タングリスと話しているような気になれるから」
グイっと艪を握る手に力が入る。背嚢の中の骨もカサリと音を立てて、超重戦車ラーテを二人で操縦していた時のような感じになる。
ムヘンの流刑地で出会ったのが、ずいぶん昔の事のように思われる。
その、ずいぶん昔から、タングリスとタングニョーストは、永遠のバディーなんだろう。
瀬戸の海は夕凪、小さな舟だけど、ほとんど揺れることもなく進んで行く。
あまりの穏やかさに、みんな寡黙だ。
「ふふ、ケイトが舟をこいでいるよ」
「え?」
イザナギさんの言葉にヒルデの頭に『?』が立つ。
「コックリコックリ居ねむるのを『舟をこぐ』って言うんだよ」
説明してやると、タングリスと見比べて納得するヒルデ。
「なるほど、艪を漕ぐのに似ているな」
「はは、うまいこと言いますね」
また、カサリと音がして、タングリスも笑ったようだ。
「北欧の海とは、まるで別物だな」
「これでは、エーギルもポセイドンも棲みようがないでしょう」
「そうだな、あいつらは、荒海でなければ窒息してしまうだろう。もし、やつらを連れてくるとしたら、武器は取り上げなければならないな」
「そうですね、あんなフォークの親玉みたいなの持って泳ぎ回られたら、この穏やかさは台無しです」
「海は海神(わだつみ)という子に任せているのですが、恥ずかしがり屋で、まだ姿を見せません」
恥ずかしがりの神さまで間に合う海はありがたいなあ……と思っているうちに、舟は岡山の宇野に着いた。
児島湖を右に見て少し行けば岡山は目と鼻の先だ。
峠を越えると、なんだかヤケクソで呼ばわっている子どもの声が聞こえてくる
「なんだ、あいつは?」
ヒルデが眉を寄せる。
ヒルデは、ヤケクソとかミットモナイが頭に付く奴は嫌いなのだ。
「お供になるやつ、絶賛大募集! 三食昼寝付き! 経験者優遇! だけど、未経験者でも優遇すんぞ! 給料は岡山名物のキビ団子! 定員に達し次第締め切りだぞ! 早いもん勝ち! もう! だれかいねえかああああああああ!!」
それは、ヤケクソでお供を求めている桃太郎だった……。
☆ 主な登場人物
―― この世界 ――
- 寺井光子 二年生 この長い物語の主人公
- 二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
- 中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
- 志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長
―― かの世界 ――
- テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
- ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
- ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
- タングリス トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
- タングニョースト トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属
- ロキ ヴァイゼンハオスの孤児
- ポチ ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
- ペギー 荒れ地の万屋
- イザナギ 始まりの男神
- イザナミ 始まりの女神