泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
イテ!
不用意に顔を洗ったら痛みが走った。
オデコの右側が赤く腫れている。
あ~やっぱなあ。
小菊が投げた貯金箱がまともにぶつかった跡なんだ。
夕べのことだ……。
風呂からあがって部屋に戻ろうとすると、珍しく小菊の部屋のドアが開いていた。ドアは隣り同士なので、自然に部屋の中が見えてしまう。
オ
思わず声が出てしまった。
姿見の前で小菊がクルクル回っている。風呂上がりのパジャマじゃなくておニューの制服姿でな。
で、姿見の中の小菊と目が合ってしまった。
「キャー! このド変態!!」
で、貯金箱が飛んできて目から火が出た。
新学期になれば、毎朝毎日人目に晒す制服姿も入学前ではダメらしい。
でもな、不用意にドアを開きっぱにしとくほうが悪くねーか?
ほんで、見られたからって「ド変態!!」はねえだろう、それも悲鳴の前奏付きでさ。
小菊の悲鳴に松ネエが部屋から出てきた。階段の所には、途中まで上がって来た親父の首が覗いている。
「そりゃあさ、不安と期待の入り混じったイレギュラーなとこを見られたからだわよ」
松ネエは二秒ほどで解説すると貯金箱を拾ってドアをノックした。
階段に目をやると、サッと目線を外して親父の首が消える。会社じゃ有能な中間管理職らしいんだけども、もうちょっと家でも……って思うんだけど口にはしない。
「ね、オデコ冷やした方がよくない?」
明くる朝、廊下で出会った松ねえは「おはよう」も言わずに顔を寄せてくる。
冷やしといたほうが良かったかなあ……洗面の前で後悔。
みっともないので、今日は家に居ることにする。
桜もほころぶ四月になろうってのになんてこった……そう思ってリビングに行くと、テレビの表示は3月31日だ。
――そうか、3月ってのは大の月だったんだ――
4月ってのは新年度でもって本格的な春の始まりでもある。だから4月1日ってのはウソみたいに晴れがましい。だからエイプリルフールってか?
ま、そういう31日だからボンヤリ過ごすことにする。
ボンヤリと朝のワイドショー、ここんとこ毎日の森供学園問題をやっている。
俺みたいなのでも、いいかげんに飽きてきた。
カドイケ夫人のメールが公開されて民民党の藤本さんも名前が挙がったのに、ニュースやワイドショーはどこもスルーしている。
はんぱな興味なんだけど、あちこちチャンネルを変えてみる。
変えているうちに、あちこちで桜のニュース。
明治神宮の桜がアップになったかと思うと、宝塚の合格発表のニュース。
何十倍もの難関を突破した女の子たちは、みんなキラキラしている。男だけど、このキラキラさは羨ましく思うぞ。
――宝塚おめでとう!――
なんか、とってもリアルな声が廊下でした。
すると、ドアが開いて、松ネエが同年配の女の子を招じ入れるところだ。
「あ、こちら従弟の雄一君。ゆう君、こちら高窓紗耶香、あたしの友だち、宝塚に受かって、わざわざ報告に来てくれたのよ!」
「え、あ、あ、おめでとうございます! どうぞお掛けになってください、いまお茶入れますんで」
「どうぞお構いなく」
高窓さんは、さっきのニュースみたく髪をヒッツメのお団子にして、よく通る宝塚ボイスで挨拶してくれる。
お茶を出しながら、こっちまで晴れがましい気持ちになる。
そのうちお袋や祖父ちゃんまで出てきて、リビングはワイドショーのスタジオのような活気になる。
「ようし、こうなったらお祝いだ!」
祖父ちゃんの発案で寿司富に行くことになる。
「あ、そんな、小松に報告に来ただけですから(^_^;)」
高窓さんは恐縮する。
「いやいや、商店会の相互扶助、お互いの店を使うことにしてるんですよ。相互扶助ても、なんか目的が立たないとね」
祖父ちゃんは気配りの人だ。
「あんたもどう?」
お袋が水を向けてくるが、オデコのタンコブを示して辞退する。
みんなと入れ違いに小菊が帰って来た。
昨日の今日なので、お互い目も合わさない。階段を上がる音が途中で止まった。
「あ、あのさ」
思いかけず小菊の呼びかけが降ってくる。
「なんだ」
顔も上げないで背中で返事する。
「夕べ、その……ごめんね……」
尻尾の方は消えそうな声で、それだけ言うと駆け足で部屋に消えて行った。
☆彡 主な登場人物
- 妻鹿雄一 (オメガ) 高校二年
- 百地美子 (シグマ) 高校一年
- 妻鹿小菊 中三 オメガの妹
- 妻鹿由紀夫 父
- 鈴木典亮 (ノリスケ) 高校二年 雄一の数少ない友だち
- 風信子 高校二年 幼なじみの神社の娘
- 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉
- ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任