泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
受かってしまうと人間が変わった……いや、戻ってしまった。
「ちょ、じゃま」
洗面で顔を洗っていたら小菊が割り込んできた。
うちの洗面は二人同時に使えるくらいの幅がある。実際に小菊以外の家族とは平気で共用しているし、小学校のいつごろまでだったかは小菊もそうしていた。
夏休みとかに松ネエが来た時なんか子供三人で仲良く顔洗って歯を磨いていたしな。
じっさい夕べは松ネエと俺はいっしょに歯を磨いたぞ。そーだよ、小菊が四つで歯を磨き始めた時、忙しい親に代わって磨き方を教えてやったのは俺なんだからな。
「小菊、俺以外の時は割り込んだりしないよな」
「うっさい、たまたまよ、たまたま」
小菊は、他の家族が使っている時には空くのを待っている。傍若無人だけど割り込んでくるのは、家族の中でも、俺のことをどこか親しみやすいと思っているのかもしれない。そう思うと、ほんのちょっぴりだけど可愛く思わないこともない。
「いま変なこと考えたでしょ」
「ねーよ」
「だめよ、あんたは、こういう時鼻が膨らむんだから」
お前だってドヤ顔するときは盛大に鼻膨らませてんだろぉが……思ったけど口には出さない。
その代り別のことを聞いた。
「どうして俺と同じ神楽坂受けたんだよ?」
「神さまのお告げ」
「は?」
「…………」
答えが無いと思ったら、密やかに歯を磨いている最中だ。
「やっぱ、兄貴と同じ学校ならなにかと便利とか思ったか?」
「ングッ、んなわけないれしょ-!!」
泡だらけの口で否定した。
「磨き終ってから喋れ!」
小菊の泡がシャツに飛び散ったのを急いで拭う。歯磨きには漂白剤とかが入っているので色が抜けることがあるからな。
「ガラガラペーッ! 言っとくけど、学校で兄妹面なんかしないでよね!」
「おせーよ! 合格発表の時にバレてるよ!」
「え、なんでよ!?」
「おまえ、掲示板の受験番号こすって注意されただろーが!」
「あ、あんたが宝くじの話なんかすっから、間違いじゃないかと念を入れてしまったのよ!」
「あれで、堂本ってオッサンに『あれ、お前の妹か』って言われちまったよ」
「え、あのクサレメタボに!?」
「だいいち、うちの妻鹿って苗字じたい、ちょっと珍しいからな」
「じゃ、とおーいとお-ーーーーい親類っ! いいわね、学校で口なんかきくんじゃないからね!」
ボフ!
使用済みの濡れタオルを俺の顔に投げつけ、プリプリとケツを振りながら小菊は階段を上がっていった。
歯磨きがとれたのを確認して俺も階段を上がる、俺はこれからお出かけなのだ。
「「イーーーーダ!」」
兄妹いがみ合いながらそれぞれの部屋に入る。
リュックを手に出かけようとするとスマホが鳴った。
「ん?」
画面を見るとシグマ。
――すみません、都合で家を出られなくなってしまいました。またいずれ――
出かける用件が無くなってしまった。
☆彡 主な登場人物
- 妻鹿雄一 (オメガ) 高校二年
- 百地美子 (シグマ) 高校一年
- 妻鹿小菊 中三 オメガの妹
- 妻鹿由紀夫 父
- 鈴木典亮 (ノリスケ) 高校二年 雄一の数少ない友だち
- 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉
- ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任