オフステージ(こちら空堀高校演劇部)150
―― 家庭科クラブ 家庭科クラブの部員は直ぐに家庭科準備室に集合しなさい ――
NHKに女子アナウンサー部というのがあって、そこに、NHKの会長から懇願されて定年を五年も過ぎて現役で女子アナウンス部の部長がいたらこんな風だという感じで杉本先生はアナウンスした。
待つこと15秒ほどで最初の「失礼します!」の声があって、その後1分以内に七人の部員が集まった。
学年章で二年が二人と一年が五人と分かる。男は二年の男子が一人で、あとは全員女子。
「演劇部のミリーと一年のSさんが、たくさんお弁当作ってきてくれたから、勉強のため、みんなでいただきましょう」
え、さすがに十人で食べる量じゃないんだけど。
おなじ思いなんだろう、家庭科クラブのメンバーも戸惑ったように顔を見かわしている。
「大丈夫よ、わたしの試作品も用意してあるから、調理室の方にいきましょ(^▽^)/」
先生が準備室と調理室の間のドアを示す。
「あ、先生」
「なに?」
振り向いた杉本先生は笑顔なんだけど目が怖い。大河ドラマで見た徳川家康の顔を思い出した。
「お昼済ませてきちゃって……」
「野球部のマネージャーの打合せが……」
「テニス部のコート整備が……」
「吹部の楽器の……」
「美術部の……」
一年は、みんな他の部活とかけもちのようだ。
「あ、そ……無理を言ったわね。二年は大丈夫よね?」
「「は、はい!」」
「じゃ、一年はいいわ。あとでテイクアウトのパックにしてあげるから、五時間目が始まるまでに取りに来てくれる」
「あ、始業ギリギリになるかもしれません」
「ぼくたちが届けますよ」
「先輩、そんな……」
「放課後に跨ったら忘れるかもしれないし、先生もずっと待ってなきゃいけないから」
「そうね、じゃ、そうして」
「「「「「はい! ありがとうございます!」」」」」
明るく返事して、それより大きな声で「「「「「失礼します!」」」」」を合唱して消えてしまった。
調理室に入ると、二つのテーブルに五人分に分けて昼食の準備がされていた。
片方のテーブルにはテイクアウト用のパックが真ん中に置かれていて、どうやら杉本先生は一年生の反応をあらかじめ予感していた感じがする。
「じゃ、お味噌汁いれて、五人でいただきましょう」
「はい!」
空気に飲まれたのかSさんが大きな声で返事をする。
煮物と揚げ物とサラダということしか分からないけど、先生が用意したものは、そのままデパートの食堂に出せるくらいのクオリティに見える。
「じゃ、二人のは真ん中に置いて、取り皿で分けましょう……あ、そうそう、二人を紹介しておくわね」
二年の家庭科クラブに視線を送ると、いったん座った席から立って自己紹介してくれる。
「家庭科クラブ部長をやってます、二年の蜂須賀小鈴(こりん)です」
「えと、副部長の蜂須賀小七(こしち)。よろしく」
え、苗字いっしょ、名前も似てる。
「二人は従兄妹同士なの、日ごろは下の名前でいいわよ」
「は、はあ」
「じゃ、いただきましょうか」
なんかありそうな家庭科クラブなんだけど、初対面だし、雰囲気も変だし、質問もできないまま昼食会が始まる。
質問できなかったのには、もう一つ理由があるのよ。
わたしとSさんのお弁当も美味しかったけど、杉本先生が作ったのは見かけ以上の美味しさで、色気よりも食い気の女子高生は、ごちそうさまを言うまで食べることに専念してしまったからね。
そのあと、ごちそうさまをして、わたしとSさんも手伝ってテイクアウトの配達に向かたよ。
「なんか変でしたね……」
預かった二人分を届けてSさんがこぼす。
たしかに、もらった一年生は「ありがとうございます」とお礼は言うんだけども、気持ちの底に迷惑そうな感じがしたのよ。
でも、こういう謎めいたことが好きなようで、Sさんが少し元気を取り戻したのは嬉しいよ。
そして、家庭科クラブの謎は、放課後再会した蜂須賀小七君が教えてくれた。
☆ 主な登場人物
- 小山内 啓介 二年生 演劇部部長
- 沢村 千歳 一年生 空堀高校を辞めるために入部した
- ミリー・オーウェン 二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生
- 松井 須磨 三年生(ただし、六回目の)
- 瀬戸内 美晴 二年生 生徒会副会長
- 姫田 姫乃 姫ちゃん先生 啓介とミリーの担任
- 朝倉 佐和 演劇部顧問 空堀の卒業生で須磨と同級だった新任先生
☆ このセクションの人物
- 杉本先生
- Sさん
- 蜂須賀小鈴
- 蜂須賀小七