大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

オフステージ・144『展望室からの視線を感じて』

2020-11-13 14:45:03 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)144

『展望室からの視線を感じて』松井須磨    

 

 

 二人の間に恋が芽生えているのは確かだ。

 

 どちらかが、もう一歩踏み出せば二人は空堀高校の伝説に成れるだろう。

 二人には程よく粉を振ってある。

 二人は同じ演劇部の先輩と後輩だから、コクった後に上手くいかなかったらどうしようかという気持ちがあるんだろうね。

 たった四人の部活で気まずくなったら居場所がないもん。

 もっともな心配よね。

 千歳には下半身まひというハンデがある。

 千歳はね、仮にこの恋が実っても啓介に心配や迷惑をかけるんじゃないかと思っている。

 啓介は一見迷っている。千歳への気持ちが同情心なのか恋なのか区別がつかない。

 いや、本人たちは意識していないけど、それを理由に可愛く立ち止まっているだけだ。

 千歳の障害なんて問題じゃない。一年余りいっしょに部活をやって啓介は分かっている。分かっているから、ヘリコプターの不時着の時も反射的に体が動いて千歳を救助しているんだ。

 啓介の迷いは、結局のところ『臆病』なんだ。

 断られたらどうしよう……告ることで千歳の心に負担をかけたらどうしよう……とかね。

 ちょっとイラつくけど、こういう二人の気持ちは嬉しいんだよ、わたしは。

 高校三年を六回もやってるとね、分かってくるんだよ。

 教師も生徒も上っ面の付き合いなのがね。

 まあ、世間なんて、基本、上っ面でいいんだけどね。上っ面だけって言うのは寂しいっていうか、色彩の抜けたカラー写真のように味気ない。

 

 本館の展望室から美晴が覗いている。

 

 演劇部には天敵みたいな女だけど、それは生徒会副会長という立場だったから、根っこの所では情に厚いところがあると思っている。いや、情に弱いというべきか。

 美晴自身よく分かってるから、それを戒めているんだ。

 先日は十日ほども休んで山梨の田舎に行っていた。ほんの二三日で済む用事だと踏んだんだけど、美晴は十日もね。ひょっとしたら情にほだされて、このまま帰ってこないんだと寂しく思ったわよ。

 美晴が曾祖母のことで思い悩んでいることは知っていた。

 瀬戸内家といえば、武田信玄のころから続く甲州の名族で、元旦の地方紙には県知事と並んで新年の挨拶が載るほどの存在だ。むろん今でもけっこうな山林地主だ。

 その瀬戸内家の実質的な跡継ぎが、あの瀬戸内美晴だ。

 当主は今でも『御屋形さま』と呼ばれている。殿様って江戸時代の呼び方じゃなくて戦国時代だよ。いや、御屋形様って呼称は平安時代からあるから、もっと古いかもね。美晴は跡継ぎだから『姫』とか『姫様』かな?

 あいつが『姫様』って呼ばれて、どんな顔するんだろう。

 プ(´艸`)

 悪い、ちょっと吹き出してしまう。

 六回目の三年生のうち五年はタコ部屋に居た。退屈だからいろんなことに興味持って調べた中でいちばん面白いことだったりするんだよ。

 わたしも素直じゃないから、正面だって話したことは無いけどね。

 だけど、この一年、いろんなことで関わって、思った以上に面白い女だと思ったわよ。

 

 あ!?

 

 いつの間にか二人の姿が無い。

 くそ、あの女のせいだ。

 展望室からの目線を気にしていたら、いろんなことが頭を巡って、つい見落としてしまったぞ(-_-;)!

 コクっていたとしたら、大河ドラマの最終回を見落としたようなもんだ。半沢直樹の決め台詞を聞き落としたようなもんだ。

 くそ、あの女の事なんか考えるんじゃなかった(-$-;)!

 


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