オフステージ(こちら空堀高校演劇部)152
明治時代に、こんな事があったんだ……
手を温めるようにして湯呑を抱えて、蜂須賀くんは続ける。
ちょっと年寄りじみてるんだけど、こういうシミジミ感はタナカのお婆ちゃんに通じるものが合って好きだよ。
「五代前のお祖父ちゃんが、明治天皇に呼ばれて宮中に参内したときのことなんだけどね、あ、宮中とか参内とか分かる?」
「うん、パレスに呼ばれたってことだよね」
「それで、明治天皇の居間みたいなところで、気楽に昔話とかしてたんだ。明治天皇は人と話すのが好きで、お暇な時には、いろんな人を呼んでお話になっていた」
わたしも、湯呑を抱えてくつろいでしまう。
「そのうちに、明治天皇が御用で席を外したんだ。テーブルの上には来客用にたばこのケースが置いてあるんだけど、宮中のたばこって、たいして高級じゃないんだけど、一本一本に菊の御紋が付いていてね、それが世間ではありがたがられたんだ」
「ああ『恩賜のタバコ』とか言うんだよね」
「古いこと知ってるねえ」
「うん、実家の隣に日系のお婆ちゃんが居てね、いろいろ聞いてるから」
「五代前のお祖父ちゃんは、そのケースから半分ほどとってポケットに入れたんだよ。家に持って帰って、みんなを喜ばせたかったんだね」
「それで?」
二人、同じタイミングでお茶をすすって、話が続く。
「御用の済んだ明治天皇は、たばこのケースに気が付いてね『蜂須賀、先祖はあらそえんのう』と笑われた」
「あはは、いい話ね」
「そうなんだけどね、五代前のお祖父ちゃんは真っ赤になって恐縮して、でも、タバコは返さない」
「先回りして悪いけど、その話、聞いた事がある」
「ええ?」
「気にした蜂須賀さんは、大学の先生たちに頼んでご先祖様の事を調べさせたんだよね」
「そうそう、初代の蜂須賀小六は夜盗だって、講談とかでは常識だったからね」
「太閤記とかでも、小六がひと稼ぎした後、手下を連れてヤハギブリッジを渡ってるところで少年時代の秀吉に出会ったって」
「うん、そうそう。その当時は、まだ矢作橋は無かったとか、依頼を受けた先生たちは調べたんだ。でもね、数年調べた結果、やっぱり夜盗だったって結論になって」
「わたし、好きだよ、この話。大学の先生たちも、雇われた立場なのに、きちんと正しい答えを出すし。蜂須賀さんも残念には思うけど、怒ったりしないしね」
「うん、世間も明治天皇も、そういう蜂須賀家を『正直だ』『可愛い』って肯定的に捉えて面白がってくれた」
「いい話だと思うわよ、わたしも田中のお婆ちゃんに聞いてホッコリしたもん」
「うん、でもね、蜂須賀の家じゃ、ちょっと気にしていてね『我が子孫は、この恥辱をすすぐために、それぞれの道を究めよ』ということになって、みんな偉い軍人やら実業家や学者やらになったんだ。それで、蜂須賀の分家の分家にあたる我が家じゃ料理で身を立てるって、五代前のお祖父ちゃんに誓ったんだ」
「へ、へえ、そうなんだ……」
明治時代の、日本人の律義さを現わしたエピソードだと思っていたんだけど、目の前の同学年生が畏まってしまうと、思わず居住まいを正してしまう。
「それで、分家の分家として励んだんだけどね……それからは、日露戦争、関東大震災、昭和恐慌、大東亜戦争と続いて、戦後は食べることさえ大変で、けっきょく、親父の代になっても実現できなかった。それで、六代目にあたる僕が実現しなくちゃならない……」
そこまで言うと、蜂須賀くんはホッと照れ笑いして湯呑を置いた。
「それで、家庭科クラブに……」
「うん、小鈴は面白がってるだけだけどね。杉本先生の家も、この駄菓子屋も昔は蜂須賀家の家臣の家系でね、その……協力してくれているんだ」
なるほど……面白くって……ちょっと重たい話だった。
☆ 主な登場人物
- 小山内 啓介 二年生 演劇部部長
- 沢村 千歳 一年生 空堀高校を辞めるために入部した
- ミリー・オーウェン 二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生
- 松井 須磨 三年生(ただし、六回目の)
- 瀬戸内 美晴 二年生 生徒会副会長
- 姫田 姫乃 姫ちゃん先生 啓介とミリーの担任
- 朝倉 佐和 演劇部顧問 空堀の卒業生で須磨と同級だった新任先生
☆ このセクションの人物
- 杉本先生
- Sさん
- 蜂須賀小鈴
- 蜂須賀小七