オフステージ(こちら空堀高校演劇部)146
バタフライ効果って知ってるかなあ。
元々はね、アメリカの気象学者が「ブラジルで蝶々が羽ばたけばテキサスで竜巻を起こすだろうか」と投げかけた言葉。
気象学の理屈は分からないけど、小さな出来事が予想もしない結果を起こすてな意味で使われる。
日本語の例えなら「風が吹けば桶屋が儲かる」ってことになるのは、シカゴに居たころタナカさんのお婆ちゃんから教わったこと。
憶えてるかなあ……?
思い出してみるね。
風が吹くと砂埃が舞い上がる⇒砂埃が舞い上がると、それが目に入って、中には失明する人が出てくる⇒失明すると門づけ(戸別訪問の流しシンガー)をする人が増える⇒門づけには楽器の三味線が必需品⇒三味線を作るために猫の皮が必要⇒皮をとるから猫の数が減る⇒猫が減るとネズミが増える⇒ネズミが桶を齧る⇒桶が足りなくなって桶屋が儲かる!
というわけ。
で、Sさんのお話。
雨上がりの放課後、野球部が練習しようとしたんだけど、グラウンドはぬかるんでグチュグチュなので、グラウンド以外の場所で練習始めたのね。ちょっと前の野球部だったらグチュグチュを口実に練習は中止だっただろうけど、北浜高校の件があってから練習に身を入れるようになった。
それで、昇降口の前でもピッチングの練習をしていた。
ヘボなピッチャーの球が暴投になって昇降口に飛び込んで、うちのクラスのロッカーにドッカーンと当たったのよ。
ヘボなピッチャーでも球速はあったものだから、運悪く当たったロッカーの蓋を凹ましてしまった。
そのロッカーが、ちょっと潔癖症の女子だったもので、その女子は怒ったわけです。
担任は学校と掛け合ってくれて、その女子のロッカーの蓋を予備の新品と取り換えてくれた。
すると、他の女子たちも新品のにして欲しいと言うワケです。
とても全員分の予備は無いから、担任が折衷案を出して「それじゃ、シャッフルしよう!」ということになりました。
基本的にロッカーには個人を特定できるしるしは付いていない。だって、いたずらされるかもしれないしさ。
まあ、半分くらいの者は不便なんで、イニシャルとか番号とかの目印を付けているんだけどね。
啓介は、そういう目印は付けない派。
そのあくる日、我がクラスのロッカー群の前でアワアワしていたのが一年生のSさん。
ジョージアの公聴会をライブで見ていて、気が付いたら午前5:30になっていた(わたしは断然トランプ押しだから!)。ここで寝たら絶対遅刻するから、いっそ学校に行って授業が始まるまで寝ていようと思ったのよ。
それで、いつもならあり得ない時間に学校に着いて昇降口に入るとSさんが目についた。
「あ、ちがうんです、ちがうんです!」
ハタハタとワイパーみたいに振る手には淡いピンク色の封筒がある。
「大統領選挙の投票なら終わったけど?」
朝まで公聴会を見ていたりしたもんだから、つい、そういうギャグをカマシテしまった。
「あ、ちがうんです! トランプさんは好きだけど、そういうんじゃ(;^_^A」
なんと、共和党支持者のようなことを言う!
「え、あなたも共和党!?」
そこから話が始まって、Sさんが啓介のロッカーに手紙を入れようとしていたことが分かった!
「啓介のこと好きなの?」
「いえいえいえ、じゃなくて、じゃなくて、じゃなくて……え、演劇部に入りたくってえ!」
「ホオーーー」
「上級生の教室って入りにくいじゃないですか、ですよね!」
「うんうん」
「だから、手紙に書いて、返事とかもらってからに……とか」
「ところが、ロッカーがシャッフルされて、どれが啓介のか分からなくなって、アセアセのなってる?」
「いや、そうじゃなくて、あ、小山内先輩のロッカーが分からなくて困ってるのは、それはそうなんですけど」
Sさんは切ない嘘をつく。
もし、啓介と千歳の間に💛マーク的なことが無かったら、啓介に成り代わって入部を認めて、Sさんの気持ちをフォローしてあげるんだけどね。
かと言って、Sさんにきっぱり『啓介は売約済み』と言えるほどには進展していないし。
「分かったわ、わたしが相談にのってあげよう!」
トランプを応援するパウエル弁護士のように胸を叩いてしまった。
☆ 主な登場人物
- 啓介 二年生 演劇部部長
- 千歳 一年生 空堀高校を辞めるために入部した
- ミリー 二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生
- 須磨 三年生(ただし、六回目の)
- 美晴 二年生 生徒会副会長