やくもあやかし物語・35
A君が転校しました。
担任の先生が言う。
クラスのみんなは無言だけど――ああ、やっぱりな――という空気が流れる。
次の休み時間には、クラス委員二人でA君の机を運び出していった。この三か月、A君の机はみんなの物置同然だった。
季節が寒い時期に差しかかるところだったので、机の横や、後ろの棚に置ききれない防寒着やいろいろを置くようになったんだ。
クラスの何人かは――A君はイジメられていた――と噂していた。クラスのXやYやZやらがイジメていたと言うけど、わたしには分からない。みんなも無関心、ひょっとしたら無関心を装っているのかもしれないけど、シレっとしている。
そして、なにより、わたしはA君を思い出せない。
わたしも学年の途中で転校してきた人だし、A君は休みがちだったし。
ま、仕方がないと思う。
もうちょっとで三学期も終わる。ほんのちょっとの春休みが終われば新学年。
ま、やり直せばいいさ。
学校というのは横の連絡が悪い。
美術の時間で、こんなことがあった。
「今から二三学期の作品を返しま~す」
のどかな声で言って、先生が名前を読んで作品を返す。
「A君……A君……A、休みかあ?」
「先生、A君は転校しました」
委員長が答える。
「え、あ、そうか」
思い当たったのかとりつくろったのか分からない声をあげて、先生は分かりやすく当惑した。
分かるんだけどね、年度末に向けて準備室とか整理したのに、ハンパにものが残るのはね……。
でも、無いと思いますよ、そういう反応は。
先生は、一度準備室に戻って、九十秒ほどで戻ってきた。
「小泉さん、あなたA君ちの近所だから持ってってくれないかなあ」
今の九十秒で、先生は学校のCPにアクセスして、A君最寄りの生徒を検索してたんだ。
こういう場合「無理ッ!」とか「えーーーなんでわたしい!?」とか言えば逃れられるのかもしれないけど、そういうのを何度も見聞きしていると、そんなささくれだった言い方はできない。
は……はい。
大人しく引き受けてしまう。
作品の中に自画像が入っていた。
なんかエヴァンゲリオンの碇シンジみたいな思い詰めた顔が画用紙の1/2くらいの面積で描かれている。
めんどくさそうなヤツ……思ったけど、顔には出さない。
帰り道、崖道を通る。
A君のこと考えたくないから、あちこち景色を見ながら歩く。
あれ?
ペコリお化けが居ない。
それどころか工事も終了していて、今風のポリゴンを節約しまくったCGのように素っ気ない家が建っている。
わたしってば、こんなに無関心に歩いていたんだ。
一度帰ってしまうと、きっと億劫になる。だから、先生に書いてもらった地図を頼りにA君の家を探す。
……あった。
もう引っ越していない確率50%できたんだけど、ピンポンを押すと本人が出てきた。
先生が「Aは一人っ子だから、男の子が出てきたらAだから」と、念を押した。わたしが「会えませんでした」とか言って持って帰ることを恐れていたから。
リアルA君は、自画像ほどにはひどくなかった。
でも、やっぱ、こんな人いたっけ?
「ありがとう、小泉さん」
とても嬉しそうに受け取ってくれた。碇シンジは訂正、碇シンジはこんな風には笑わない。
なんか、一言二言言って別れた。
いっけない、お風呂掃除!
慌てて家に帰る。お爺ちゃんは出かけていて、結果オーライ。
お茶の間で一息ついていると、お隣りさんが回覧板を持ってきた。
緊急連絡が入っている。
え…………ええ!?
A君が夕べ病院で亡くなって、葬儀のダンドリとかが書いてある。
さっき……作品を手渡ししたA君は何者なんだ?
ゾゾ……
ここのところ居座っている寒波のせいではない寒気が背筋を伝わった。
☆ 主な登場人物
やくも 一丁目に越してきた三丁目の学校に通う中学二年生
お母さん やくもとは血の繋がりは無い
お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
小桜さん 図書委員仲間 杉野君の気持ちを知っている
霊田先生 図書部長の先生