RE.乃木坂学院高校演劇部物語
アリスの広場に出てきた。狸先生おすすめのスポット。
アリスの広場は、あらかわ遊園の一番北にあって隅田川に面した観客席八百の水上ステージ。
時々イベントが行われるんだけど、晩秋の今日はなにもやっていない。
野外の観客席は人もまばら。
「……わたし、きちんと言っておきたいの」
「……なにを?」
「ほんとうに、ありがとう。あの火事の中助けてくれて……忠クンが助けてくれなかったら、わたし焼け死んでた。ほんとうにありがとう!」
わたしは川に向いたまま頭を下げた。
コンクリートの床に、ポツリポツリとシミが浮かぶ。
「顔あげてくれよ。オレ、こういうの苦手なんだ」
忠クンも川を向いたまま言った。
「わたし、病院じゃボケちゃってて、きちんとお礼も言えてなかったから」
「いいよ、お父さんがキチンと言ってくださったし。メールもくれたじゃん」
「でも、でも、自分の口で言っておかなきゃ。ほんとうにありがとう……」
「だから、もう分かったからさ。頼むから顔あげてくれよ(^_^;)」
「……」
わたしは、なにも言えなかった。顔もあげられなかった。
「まどか……」
やっとあげた目に、忠クンの顔がにじんで見えた。晩秋のそよ風は、涙を乾かすには優しすぎる……愛しさがこみ上げてきた。
「オレこそ……お礼が言いたくて。んで、顔が見たくて。乃木坂の裏門のとこに行ったんだ。あそこ、演劇部の倉庫がよく見えるだろ」
「……わたしに、お礼?」
右のこぶしで明るく涙を拭った。
「まどかのアンダスタンド……じゃなくて……」
「ハハ、アンダスタディー」
拭った涙が乾かないままのこぶしで忠クンの胸を小突いた。
「うん、それそれ。すごかった。なんかわたしの青春はこれなんだって、自己主張してるみたいだったぞ」
忠クンは照れて、頭を掻いた。
「わたしは、ただ憧れの潤香先輩のマネしてただけだよ。マネはマネ。お決まりの一等賞もとれなかったし……エヘヘ」
「それでも感動したもん。なんてのかな……うん。オレも、これくらい打ち込めるものがなきゃって、そう感じさせてくれた……オレ、高校入ってから、ずっと感じてたんだ。もう、ただのお祭り大好き人間じゃダメなんだって」
「忠クン……」
忠クンは無意識に髪をかき上げ、かき上げた手を、そのまま頭の形をなぞるようにもっていき、もどかしそうに頭を叩いた。
そのもどかしさが、切なくて、愛おしい。
「学校の先輩たちには、すごい人がいっぱいいるもん。ただの勉強だけじゃなくてさ、人生に目標持って勉強してるような人とかさ。クラブとかもさ、『オレはこの道極めるんだ』みたいな人がさ……オレ、入学以来ずっとクスブっていたんだ。オレは、とても、そんな先輩みたくにはなれないって……そしたら、なんと、まどかがそうなっちゃってるんだもん。アハハ、まいっちゃうよな。でも、オレも、クスブリのオレだって、ガンバったらそうなれるんじゃないかって希望をくれたんだよ、まどかは。そんなまどかにお礼が……ってか、一目会いたくって裏門のとこに行ったんだ。そしたら倉庫から煙りが出てきて、火事騒ぎになって……みんなが『まどか!』って叫ぶのが聞こえてきて……あとは切れ切れの記憶……自転車乗ったまま、グラウンドを斜めに走って、中庭の池に飛び込んで、水浸しになって……燃えてるパネルの下敷きになってるまどか見つけて……体がカッと熱くなって……気づいたら、担架にまどかを寝かしてた」
「忠クン……(灬⁺д⁺灬)」
拭った涙が、また、とどめなく頬をつたって落ちていく。
さっきまで聞こえていた、子どもたちの遠いさんざめきも、川面を撫でていく風の音も、なにも聞こえなくなった……。
景色さえ、おぼろになり、際だって見えるのは忠クンの顔だけ……目だけ……ちょっとヤバイ。
☆ 主な登場人物
- 仲 まどか 乃木坂学院高校一年生 演劇部
- 坂東はるか 真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
- 芹沢 潤香 乃木坂学院高校三年生 演劇部
- 貴崎 マリ 乃木坂学院高校 演劇部顧問
- 大久保忠知 青山学園一年生 まどかの男友達
- 武藤 里沙 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 夏鈴 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 山崎先輩 乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
- 峰岸先輩 乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
- 高橋 誠司 城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
- 柚木先生 乃木坂学院高校 演劇部副顧問
- まどかの家族 父 母 兄 祖父 祖母