大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・191『霧子の横・3・震災直後』

2021-01-07 14:27:46 | 小説

魔法少女マヂカ・191

『霧子の横・3・震災直後』語り手:マヂカ    

 

 

 1923/09/01

 霧子は強張った手を揉み解すようにすると、キッパリと震災当日の日付を示すドアノブに手を掛ける。

「いくわよ」

「うん」

 瞬間、止めようかと思った。

 日付しかないのだ。

 関東大震災は9月1日の午前11時58分に起こっている。たしか土曜日だ。

 学習院の女生徒であった霧子は震災の瞬間は学校に居たはずだ。女子学習院は堅牢な造りになっていて、学校そのものの被害は軽微だ。土曜日であったこともあり、迎えの車は、もう学校に着くか、学校の近辺まで来ていて、直に屋敷に帰っているはずで、震災直後の惨状は直接には目にしていないだろう。

 魔法少女は、数百年にわたって様々な戦争や自然災害を見ているので、地震や、その惨状に驚くことは無いが、霧子は勝気な女生徒とはいえ、華族の娘だ。震災の瞬間や、直後の惨状を目にして耐えられないかもしれない。

 ま、その時はその時。

 わたしとノンコがこの時代に飛ばされて、霧子に関わっているのは意味があるんだろう。

 霧子の背中に伸ばしかけた手を引っ込めて、霧子のあとに続く。

 ガチャリ

 わ!!

 不覚にも霧子といっしょに声をあげてしまった。

 開いた瞬間にドアは消えてしまい、いきなり震災直後の東京に放り出された。

 

 ゴーーーーーー! バチバチバチ! ゴゴゴーーーーー! バチバチバチ!

 揺れは収まっているものの、各所から炎が上がり、あちこちのひしゃげた木造家屋に燃え移り、紅蓮の炎は新鮮な空気を求めて、まるで幾百の火竜が猛々しくのたうち回っているようだ。

「こっち!」

 霧子の手を取り、魔法少女の勘で突っ走る。

 家屋が倒壊しているうえに、それを焚き木として燃え盛り、濛々と煙を吐いているので地理の見当がつかない。

 浅草か日本橋か、下町のように思えるんだが確証はない。

 魔法少女なのだから空を飛ぶ方法もあるのだが、火炎に焙られて、上空には予期しない気流が熱を持ちながら渦巻いている。生身の霧子を連れていては焼死させてしまう恐れがある。

「みんな、あっちに逃げてる!」

 火炎の路地から数人、数十人の人たちが、逃げ惑いながらも一方向に走っている。

「そっちはダメだ!」

「どうして? ほら、向こうの方に空き地が見えるよ、公園よ、みんな公園に逃げてる!」

「そっちはダメ!」

 そこは墨田区の横町公園……大正11年まで陸軍の被服廠あったところだ。

 ここは四方からの火炎が集まって、猛烈な火炎の渦巻きに育って、あっという間に四万近い犠牲者が出たところだ。震災の時は日本を留守にしていたわたしだが、それくらいの知識はある。

「熱い!」

 気流の向きが変わって、一叢の火の粉が撫でていく。

「霧子、襟を立てて!」

「え、あ、うん」

「セーラー服は元々は水兵服、大きな襟は暴風の中では風を防ぎ、火炎の中では熱を防ぐようにできているののよ!」

「そ、そうなんだ……ほんと火の粉が避けられる」

 火の粉を防ぐだけではなく、襟で耳をそばだてたようになって、遠くの音まで聞こえるようになる。

『こっちにいらっしゃい』

 火炎の切れ目から声がした。だれだ?

「あ、この声は!?」

 霧子に倣って顔を向けると、横丁の向こうにインバネスをたなびかせながらシオマネキのように二人を呼ぶ男の姿が見えた。

「新畑さん!」

 男の素性に気付くと、今度は霧子の方がわたしをグイグイ引っ張って、横丁の向こうに走った。

 そこは建物の谷間になったところで、吹く風が熱気を帯びていないことからも安全な方向だと分かる。

「こっちだよ、あのお寺を過ぎれば安全だ」

 シオマネキはインバネスを翻して、わたしたちを先導する。霧子のホッとした表情から、どうやら知り合いを超えた付き合いらしいと感じる。

 普通インバネスは二重廻しとも言われるケープ付きのコートで、たいていの男は和服の上に着ているが、この新畑と呼ばれる男は、仕立てのいい洋服の上に羽織って、明智小五郎を思わせる風貌をしているが、明智小五郎の初出は……震災の後?

 まだまだ夏と言っていい九月に、この姿は暑いはずだが、震災後の火災の中を逃げるには適している。

 寺を過ぎると、道は緩やかに下った坂道になっている。

「D坂っていうんだ、本当の名前はあるんだろうが、僕の仲間内では、そう呼んでいる」

 D坂……?

『D坂の殺人事件』という単語が湧いてきた。

 たしか、明智小五郎が初登場した江戸川乱歩の作品だったぞ……。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男

 

 

 

 

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 妹が憎たらしいのには訳があ... | トップ | やくもあやかし物語・53『... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

小説」カテゴリの最新記事