銀河太平記・050
お父さんの機嫌が悪い。
どのくらい悪いかと言うと、飲み終わった湯呑を握りつぶしてしまうくらい。
バギ!
「あー、せっかくお土産に買ってきた備前焼なのにい!」
「あ、ああ、すまん」
そう言うと、破片を集めて袋に入れる。こまごまとした破片も、年寄りがするみたいに、お煎餅の欠片を集めるようにしてテーブルを撫でる。年寄じみて見えるんだけど、こういうお父さんも嫌いじゃない。
ないんだけどね……
「いいよ、浅草で買ってきた安物だから」
「いや、それでもな……浅草の備前なんて貴重じゃないか」
ちょっと嫌味っぽい。
あたしも嫌味っぽかったかも。お父さんが機嫌悪くなるのは、たいてい仕事の後の賭けマージャンだからね。
でも、たまに、仕事上の事だったりするから、とりあえずは黙ってる。
犠牲になったのは、修学旅行の二日目に浅草で遊んで、たまたま見かけたアンティークの店先に特売で出ていたやつ。
そんなに古いもんじゃない。満州戦争のころに作られたというだけの広島のお土産品。
備前焼は、古くは水ガメや水道の土管なんかにも使われていて、丈夫にできている。
それを握りつぶしてしまうんだから、よっぽどムカついているんだ。
でも、仕事の事は、お父さん言わないし、こちらから聞かないことが、我が家の不文律だ。
たとえ、不首尾だった賭けマージャンでもね。たぶん、仕事の憂さ晴らしだし。
これ、ミクのお父さんじゃないか?
昼休みの食堂、二つ目の焼きそばロールをパクつきながらダッシュがハンベを示す。
ちなみに、一つ目の焼きそばロールはテーブルに着くまでに胃袋に収まっている。
「なに?」
天ソバにトンガラシを振りながら、あたし。
「ああ、それなあ」
ヒコが、子供用の椅子を置くと、犬ころのようにテルが収まって、ハンベを覗き込む。
ズルズル~ ムシャムシャ ハグハグハグ……
四人、それぞれ違う昼ご飯を食べながら、ハンベに出ているSNSの記事に注目。
扶桑の西部丘陵でマス漢戦争の古戦場が発見され、そこから複数の遺体が発見されたというもの。
火星は、地球より大気が薄い分、降り注ぐ紫外線が多く、生物の遺骸は、驚くほど早く分解される。
それが、砂嵐に埋もれて、ほぼ完全な姿で発見されたというものだ。
遺体は扶桑軍の五人の兵士で、全員が手足を拘束され、一体は首が切られて、女性兵士は下半身の衣類を付けていなかった。
あ……お父さん、この遺体の検視をやらされたんだ……。
お父さんは町医者だけど、若いころに監察医務院の勤務経験があって、ときどき不審死の検視をやっている。
ビジネスライクにこなしているんだけど、たまに惨いのを検視した後にブチギレる。
たぶん、賭けマージャンすらもやらないで、そのまま帰ってきたんだ。
文句言わないでよかった。
あれ?
家に帰ると、壊れたはずの備前焼がダイニングの棚の上に置いて……いや、飾ってある。
「直したんだ」
朝とは、打って変わって、にこやかにお父さん。
「どうやって?」
「まあ、見てみるといい」
恐るおそる持ち上げて、驚いた。
まるで、電気が走ったみたいに金色の稲妻が茶碗の肌を走っている。
「どうやったの?」
「金継って手法でな。金の針金と漆で直すんだ、かえって良くなっただろ」
「う、うん」
でも、思った。
金の針金と漆だよ。
きっと茶碗の値段の十倍……もっとかかってるかもしれない。
ひょっとして!?
そう思って、医院の方の玄関に周る。
『本日休診』
ああ、仕事休んでまで……。
ため息をついていると、カチャカチャとツッカケの音。
「今から営業だ」
休診の札を回収するお父さんだった。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信