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ボクは魔法蚊高校の優等生……だった。
ちょっと説明がいる。
蚊に高校があるということが釈然としないだろう。
それがあるんだ。
普通、蚊柱っていう。
数百匹の蚊が、背の高さほどの筒状になって、水たまりの上や、湿気た地面の上を円筒状に群れ飛んでいる。あれが、蚊の学校で、基本的には男子校。
ときどき女子が入ってくる。
そこで、男子達は、入ってきた女子の取り合いをする。
で、上手いことやった優等生が女子とイイコトができて、イイコトをした女子は、すぐに卒業して、タマゴを生んでお母さん蚊になる。そして、子孫が繁栄するというわけだ。
これが普通の蚊の学校で、そこの生徒は普通蚊と呼ばれる。
ボクは違う。
なんたって魔法蚊だ。
魔法蚊の高校=蚊柱は、めったに見つけられないぞ。どこと言って場所は決まっていないし、普通蚊の蚊とは外見上区別がつかない。
あ、ボクは魔法蚊だから、ちゃんと名前を持っている。
赤井敬蚊(あかいたかふみ)っていう。魔法蚊の中では名門……と言っても、この魔法蚊高校の生徒のほとんどが赤井の姓を名乗っている、いわば親類になる。
そうそう、魔法蚊の特徴を言わなくっちゃね。
魔法蚊は、女子の魔法蚊とイイコトができると、人間の姿になる。
時間は24時間と決まっている。そしてその間に人間としてイイコトができると、女子は本当の人間になれる。男子は、また蚊に戻るけど、ランクが上がる。最高の魔法蚊になると、東京なら成城。アメリカならビバリーヒルズあたりの魔法蚊の大学に入れる。そんなヤツは何百億匹に一匹ぐらいしかいない。そうなると、男子の魔法蚊でも人間になれるらしいが、そういうヤツを見たことがないので、ただの伝説かガセかもしれない。とにかく女子の魔法蚊の方が人間になれる確率が高い。
だから、人間は、男性より女性の方が人口が多い。
元は蚊であった女の子の事を『モトカノ』と呼ぶ。
じゃあ、人間になった魔法蚊は、どうやって、人間社会に溶け込むかというと……これ、秘密だから、人に言っちゃだめだよ。
人間の姿のまま人の血を吸うんだ。
そして、十人ほど吸うと、魔法で、気に入った家庭の人間として入り込む。むろん魔法だから、家族も知人も昔から、その子がいたように思うし、役所の書類やデータも魔法でできてしまう。
ただ、そこまでいくと蚊であった記憶を無くし、完全に人間になりきってしまう。
ボクは、一度だけ、女の子の魔法蚊とイイコトができた。
相手の女の子は、無事に十人のいい血を吸って、とびきりの美少女になった。そしてAKBのアイドルになってがんばった。AKBってのは「あ、蚊が、ブンブン」の頭文字をとったものだ。カノジョは5年AKBでがんばって卒業し、今は歌って踊れる女優でがんばっている。
ボクは、今日もダメだった。魔法蚊高校としてはラッキーで、5匹も女子の魔法蚊がやってきたけど、みんな他の男子にもっていかれてしまった。
意気消沈したボクは、せめて昔のカノジョに会いたくて、たまたま近所にロケに来ていた彼女の後を追った。
――美しい……キミは本当にきれいな女の子になったね――
気が付くと、スカイツリーの高速エレベーターの中。ボクは天井に張り付いて、カノジョの姿を俯瞰していた。
もう春本番なのでカノジョは、胸の大きく開いたカットソーにカーディガンというどこか蚊であったころを彷彿とさせる姿。胸の谷間が、なんとも蠱惑(こわく)的にボクを誘う……。
エレベーターが最上階に着いたとき、その隙を狙って、ボクはカノジョの胸元に飛び込んだ。
パチン
ボクは叩きつぶされてしまった。愛する彼女の手で。
「すごいね、モトカちゃん。一撃で蚊を叩きつぶすアイドルなんて、今時いないよ」
「そうですか」
カノジョは付き人が差し出したティッシュで、グチャグチャになったボクを拭った。
「あ、この子アカイエカだ」
ティッシュで拭う直前に発した一言が、ただ一つの救いだった。
「あ、思いついた(^▽^)/」
ボクは、日本で一番高い建物の中で生涯を終えた蚊として、ギネスブックに申請されて名前を残したのだった……。