『第四章 二転三転・5』
「ここには、何度もきてるんですね」
「ああ、サックスのレッスンに行く前とかね」
先輩が豆粒ほどの小石を池に投げ込んだ。
小さな波紋が大きく広がっていく。
アマガエルが驚いて、池に飛び込んだ
「ねねちゃん……クラブには戻らないぜ」
「話してくれたんですね」
「ねねちゃんは、仲良しクラブがいいんだ」
「え?」
「あんな専門的にやられちゃうと、引いちゃうんだって。分かるよ、そういう気持ちは。しょせんクラブなんて、そんなもんだ」
「そんなもん?」
「そうだよ、放課後の二時間足らずで、なにができるってもんじゃない。しょせんは演劇ごっこ。あ、悪い意味じゃないぜ。学校のクラブってそれでいいと思う。前の学校じゃ、それ誤解して失敗したからな。で、分かったんだ。クラブは楽しむところだって。もし、本気でやりたかったら、外で専門的なレッスン受けた方がいい。だから、オレは外で専門にやっている。はるかだって本気じゃないんだろ?」
「え?」
「だって、まだ入部届も出してないんだろ」
「……それはね、説明できないけど、いろいろあるんです」
「はるかはさ、芝居よりも文学に向いてんじゃない?」
「文学?」
「うん、A書房のエッセー募集にノミネートされるんだもん。あれ、三千六百人が応募してたんだろ」
「三千六百人!?」
「なんだ、知らなかったのか」
「うん……」
「十人しかノミネートされてないから、三百六十分の一。これって才能だよ」
言われて悪い気はしなかったけど、作品も読まずに、ただ数字だけで評価されるのは、違和感があった。
「作品読ませてくれよ」
「うん……賞がとれたら」
タマちゃん先輩のときと同じ返事をした。
「オレ、大橋サンて人にはフェイクなとこを感じる」
「どうして?」
「検索したら、いろんなことが出てきたけど。売れない本と、中高生の上演記録がほとんど。受賞歴も見たとこ無いみたい。専門的な劇団とか、養成所出た形跡もないし、高校も早期退職。劇作家としても二線……三線級ってとこ」
「でも、熱心な先生ですよ」
「そこが曲者。オレは、教師時代の見果てぬち夢を、はるかたちを手足に使って『今度こそ!』って感じに見える」
「それって……」
「あの人、現役時代に近畿大会の二位までいってるんだ」
「へえ、そうなんだ!」
「おいおい、感心なんかすんなよ。言っちゃなんだけど、たかが高校演劇。その中で勝ったって……それも近畿で二位程度じゃな。それであの人は、真田山の演劇部を使って、あわよくば全国大会に出したい。ま、その程度のオタクだと思う」
「……オタク」
頭の中が、スクランブルになってきた。
「オレたち、つき合わないか……」
「え……」
「お互い、東京と横浜から、大阪くんだりまでオチてきた身。なんか、支え合えるような気がしてサ」
池の面をさざ波立てて、ザワっと風が吹いた。
思いもかけず冷たいと感じた。
「わたし、東京のことはみんな捨ててきたから……」
「え?」
わたしの心は、そのときの空模様のように曇り始めた。にわか雨の予感。
「ごめんなさい、わたし帰る。テスト前だし」
「おい……付き合ってくれるんだろ?」
「お付き合いは……ワンノブゼムってことで」
「ああ、もちろんそれで……」
あとの言葉は、降り出した雨音と、早足で歩いた距離のために聞こえなかった。
背後で、折りたたみ傘を広げて追いかけてくる先輩の気配がしたが、雨宿りのために出口に殺到した子供たち(さっきの)のためにさえぎられたようで、すぐに消えてしまった。
「ここには、何度もきてるんですね」
「ああ、サックスのレッスンに行く前とかね」
先輩が豆粒ほどの小石を池に投げ込んだ。
小さな波紋が大きく広がっていく。
アマガエルが驚いて、池に飛び込んだ
「ねねちゃん……クラブには戻らないぜ」
「話してくれたんですね」
「ねねちゃんは、仲良しクラブがいいんだ」
「え?」
「あんな専門的にやられちゃうと、引いちゃうんだって。分かるよ、そういう気持ちは。しょせんクラブなんて、そんなもんだ」
「そんなもん?」
「そうだよ、放課後の二時間足らずで、なにができるってもんじゃない。しょせんは演劇ごっこ。あ、悪い意味じゃないぜ。学校のクラブってそれでいいと思う。前の学校じゃ、それ誤解して失敗したからな。で、分かったんだ。クラブは楽しむところだって。もし、本気でやりたかったら、外で専門的なレッスン受けた方がいい。だから、オレは外で専門にやっている。はるかだって本気じゃないんだろ?」
「え?」
「だって、まだ入部届も出してないんだろ」
「……それはね、説明できないけど、いろいろあるんです」
「はるかはさ、芝居よりも文学に向いてんじゃない?」
「文学?」
「うん、A書房のエッセー募集にノミネートされるんだもん。あれ、三千六百人が応募してたんだろ」
「三千六百人!?」
「なんだ、知らなかったのか」
「うん……」
「十人しかノミネートされてないから、三百六十分の一。これって才能だよ」
言われて悪い気はしなかったけど、作品も読まずに、ただ数字だけで評価されるのは、違和感があった。
「作品読ませてくれよ」
「うん……賞がとれたら」
タマちゃん先輩のときと同じ返事をした。
「オレ、大橋サンて人にはフェイクなとこを感じる」
「どうして?」
「検索したら、いろんなことが出てきたけど。売れない本と、中高生の上演記録がほとんど。受賞歴も見たとこ無いみたい。専門的な劇団とか、養成所出た形跡もないし、高校も早期退職。劇作家としても二線……三線級ってとこ」
「でも、熱心な先生ですよ」
「そこが曲者。オレは、教師時代の見果てぬち夢を、はるかたちを手足に使って『今度こそ!』って感じに見える」
「それって……」
「あの人、現役時代に近畿大会の二位までいってるんだ」
「へえ、そうなんだ!」
「おいおい、感心なんかすんなよ。言っちゃなんだけど、たかが高校演劇。その中で勝ったって……それも近畿で二位程度じゃな。それであの人は、真田山の演劇部を使って、あわよくば全国大会に出したい。ま、その程度のオタクだと思う」
「……オタク」
頭の中が、スクランブルになってきた。
「オレたち、つき合わないか……」
「え……」
「お互い、東京と横浜から、大阪くんだりまでオチてきた身。なんか、支え合えるような気がしてサ」
池の面をさざ波立てて、ザワっと風が吹いた。
思いもかけず冷たいと感じた。
「わたし、東京のことはみんな捨ててきたから……」
「え?」
わたしの心は、そのときの空模様のように曇り始めた。にわか雨の予感。
「ごめんなさい、わたし帰る。テスト前だし」
「おい……付き合ってくれるんだろ?」
「お付き合いは……ワンノブゼムってことで」
「ああ、もちろんそれで……」
あとの言葉は、降り出した雨音と、早足で歩いた距離のために聞こえなかった。
背後で、折りたたみ傘を広げて追いかけてくる先輩の気配がしたが、雨宿りのために出口に殺到した子供たち(さっきの)のためにさえぎられたようで、すぐに消えてしまった。