大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

滅鬼の刃・エッセーラノベ 37『眼病始末記・2』

2025-01-14 15:55:17 | エッセー
 エッセーラノベ    
37『眼病始末記・2』  




 少し怒ったような顔で、それでも約束の5分前に着いたT病院玄関前、栞はちゃんと待ってくれていました。

 え?

 家にいたころから、めったに目を見て話さない栞ですが、「朝からすまんなあ」の言葉に反応もせずに、じっと私の顔を見ています。

「どこに穴が開いてんの?」

「え?」

「目に穴が開いてんでしょ?」

「開いてんのは網膜だから外からは見えないよ」

「え、あ、そうなんだ」

「でも、白内障だから瞳が濁ってるだろ?」

「え、いや、お祖父ちゃん、昔からそんな目だったし」

 何年かぶりで孫娘と目が合って、ちょっと嬉しかったのですが、それもほんの十数秒。

 再び目どころか顔をそらせて私の斜め前を歩きます。

 その斜め後姿は、久々に会ったからだけではない緊張感がありました。


 思い出しました。


 四歳の時、髄膜炎を患ってひどい目に遭っていたんです。

 夜間に高熱を発して隣接するH市の病院に救急搬送されました。救急当直の医者は「多分風邪ですね、熱が続くようなら電話していただくか、かかりつけのお医者さんに行ってください」と、なにも処置されること無く帰されました。

 帰宅しても、熱は下がることなく40度近くになります。意識も朦朧としてきた様子で、呼びかけにも応えません。

 すぐに救急ではなく、掛かりつけの小児科に運びました。

 何人か先客がいましたが、看護婦さんが先生に言ってくださって、すぐに診ていただけました。

「髄膜炎よ。こっちから電話するから、すぐ市民病院に行って!」

 先生はタクシーの手配までしてくださって、そのまま市民病院に直行。運転手さんも心得ていて、救急搬送口に着けてくださって、すぐに診察の上処置していただきました。

 その時、右手の甲と脊髄にぶっとい注射。おそらく手の甲は点滴、脊髄のが髄膜炎治療のための注射です。

「おねがいぃ! やめてくらしゃいー(><)!」

 それまで熱で朦朧としていた栞が、そこだけははっきり叫んで泣いて頼んでいました。

 あの時の恐怖が身に染みているんでしょう。

「治るんでしょ?」

 待合で座っていると、横顔のままポツンと言います。

「ああ、治るさ」

 答えながら、実はビビっておりました。

 わたしも、自分のことで病院の世話になるのは15年ぶり。手術と名のつくものは42年ぶりです。

 実は、栞と同じく4歳の頃に、目に鉄粉が入ってめちゃくちゃ痛く、一晩おふくろになだめられて眼医者に連れていかれました。

 たぶん、そうとう怖かったんでしょう、眼医者でどんな治療を受けたのか記憶がありません。

 どころか、眼医者がどんな人だったか、眼医者がどんな建物で、どこにあったのかまるで憶えていません。

「目を洗浄してもらった」

 お袋がそう言って、子どものわたしは――くり抜かれた目玉がホーローの洗面器の中で洗われてるの図――を想像してしまいました。

『大橋さん、一番診察室へ』

 呼び出しがかかって、栞に茶封筒を渡します。

「手術したらろくに見えないだろうから、支払いとかはこれで頼む。余ったら、栞の生活費にしたらいいからな」

「う、うん」

 さすがに緊張した顔で茶封筒を受け取りました。

 そして、簡単な手術が始まる……のかと覚悟したのですが、その日は改めて診察。一週間後の手術を決めるだけでした。

 一週間後も付き添ってくれることを打ち合わせ、予定よりも早く終わったので「飯でも食いに行くか」と水を向けましたが「バイト、間に合うから……」と、そのままY駅目指して足早に去っていきました。



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