例えて言うと合わせ鏡。
鳥居の真下に、わたしは居て、前と後ろにも鳥居がある。
鳥居は前後にいくつも続いていて無限に続いて小さくなって、鳥居の朱色と夕闇色に溶け込んでいく。
合わせ鏡と違って、前後の世界にわたしは居ない。
これはヤバイ。
鳥居一つが一つの世界で、一歩でも動いてしまったら別の鳥居に行ってしまいそうで、そうすると、もう元の世界には戻ってこれないような怖さがある。
ジッとしていよう……
ジッとしていたら、きっと元に戻れる。うちに帰ってお風呂掃除やって、晩ご飯の時にお爺ちゃんとお婆ちゃんに話そう。こんな不思議なことがあったって、ドキドキしたよって、面白かったよって、そして、夜遅く仕事から帰ってきたお母さんにも話すんだ。やくも、またおかしなこと言ってえ。そう言って笑ってもらおう。そうしたら、もちょっとはほぐれるよ。急に始まった祖父母と娘と孫と、不足のない四人家族。家族なのに血のつながりは無い……あ、あ、これは言っちゃダメなんだ。自然に家族であるためには、そういうさりげない日常会話が必要なんだから。だから、だから元の世界に戻らなきゃ。
グラッときた。
足許が揺れた……と思ったら、鳥居が前後にフフフフって感じで動いていく。前から後ろへ、後ろから前へシャッフル、もう、どれが元の鳥居だか分からなくなってしまう!
フフフフてのは、鳥居が風を切る音……たぶん。スターウォーズでライトセーバー振るとフフフってするじゃない、あんな音。それが、ますます大きく高い音になって、まるで女の子が笑っているような感じになった。
フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ
突然女の子が現れた!
「突然じゃないわ」
怖かったけど声はあげなかった。七つほど前の鳥居だったし、ゆうべテレビで観たアイドルの子と同じコスきてたし、なによりも可愛いし。
「フフフって、ちゃんと可愛い笑い声たててから出てきたでしょ」
「えと、だれ?」
「え……わたしは、あなたよ」
「わたし?」
「うん、わたしって……あなたなんだけど、自覚ないかもしれないけど、こんなに可愛いんだよ」
ぜったいに嘘だ! もう十年以上可愛いなんて言われたことないもん!
保育所のころ言われたような気がするけど、大人の社交辞令かわたしの錯覚。
「じゃ、これでどう?」
その子の目や口元から元気と光が無くなっていき……わたしの顔になった。
目を背けてしまう。自分の顔なんて、突然には見られない。
とたんにグラッときて目が回る。
目まいが止まると……もとのお厨子の前だ。
手に持ったスマホは、自分のキッズスマホに戻っている。
スマホは時計モードになっていて図書委員の仕事が終わった八分後の時間を示している。
早く戻ってお風呂掃除しなくちゃ!
お厨子の前を離れて、庭の角。
つんのめるように立ち止まって、瞬間お厨子に手を合わせて、それから一目散にお屋敷を出る。
古いアニメとかだったら、ピューーーー!! って効果音が入りそうな感じでね。
不思議なことに、お風呂はすでに掃除をしたあとみたいに濡れていて、風呂桶やシャンプーやらもきれいに定位置に並んでいる。
ボンヤリ不思議がっていると、お婆ちゃんがやってきた。
「あら、どこかやり残したの? いいのよ、そんな真剣にお風呂掃除しなくっても」
「あ、わたし……」
もうすでに別のわたしがお風呂掃除をやったような口ぶりだ。
「おいしい栗饅頭いただいたから、食べよ」
「あ……」
「スィーツは別腹、さ、おいで」
栗饅頭がスィーツか?
アハ
ちょっと笑っちゃったら、いつもの調子に戻って茶の間を目指した。
今日のことは……とりあえず、黙っていよう。