やくもあやかし物語
あれぇ?
部屋に戻ると、机の上にミカンが載っている。
学校のある日だったら、瞬間――あれ?――と思っても、すぐ意識の外にやって学校に行く。
いちいち気にしたり考えていたら学校に遅刻しちゃうからね。
でも、今日は休日だから、椅子に座って腕組みをする。
腕組みをして、机の横棒に脚を乗せ、椅子の後ろ脚に重心を掛けてギーコギーコさせながら考える。
夕べのと足して、二回目の不審ミカン。怪しいミカン。
フィギュアたちは、みんな神保城。残った交換手さんも、あっちの逓信大臣を兼ねているので、今は黒電話もただの黒電話。
だから、自分で考えるしかない。
このミカンは、あやかし系?
いや、食卓のミカンもそうだったけど、普通のミカンだった。
おいしかったけどね。
これも、見かけは普通のミカン。
ギーコギーコ ギーコギーコ ギーコギーコ
椅子を漕ぐなんて、しばらくぶり。
これは、お父さんのクセだった。
机に向かって考え事をするとき、考えがまとまらなかったりすると、やっていた。
子ども心にもかっこいいと思って真似をした。
学校でやったら「男みたい」とからかわれた。
からかわれたけど平気だった。あのころ、お父さんは、ちゃんとお父さんだったからね。
平気だと、みんな言わなくなるし、わたしも自然にやらなくなった。
いっしゅん、小学生の頃のことを思い出し、それでもギーコギーコ……ギーコギーコ……
ころん
突然、ミカンが転がって、慌ててミカンを掴まえる。
「ヤバイところだった……(^_^;)」
ちょっと下卑た言い方で安心してみる。
たとえミカンでも、床に落ちてはかわいそうだ。
ミカンとか果物は、衝撃を受けたところから腐っていくからね。食卓で食べたところだから、今は食べるつもりも無いしね。ミカンは完熟しているようで、たった一個なのに、柑橘系の香りが部屋に満ちている。
ギーコギーコ ギーコギーコ ギーコギーコ
あれ?
椅子を漕ぐのを止めたのに揺れている。
その理不尽に部屋を見渡した。
―― え、自分の部屋じゃない!? ――
四方ぜんぶ木の壁、座っているところだけ二畳分の畳が布かれ、畳は床に打ち付けられた木の枠で固定されている。
カンテラみたいなのが二つ揺れていて、その灯りだけが湿気った空気に滲んでいる。
ミカンの香りも濃厚になってきて、目の前の木の壁だと思ったのは積まれた木箱の山で、木箱の中身は全部ミカンだと分かる。
ギギギギ ギギギギ ギーー ギギギギ ギーー
部屋とミカン箱が同時に軋んで、思いついた。
これは、ひょっとしてミカンを積んだ船の中に居るんじゃないの!?
ガチャン!
積み荷の向こうで音がしたかと思うと、とたんに、霧吹きをかけられたみたいにミストというか水しぶき!
ドップーーン ジャッパーーン
船を打つ波音も聞こえる。
ガチャン!
扉が閉まる音がして、積み荷の向こうからびしょ濡れの女の子が現れた!
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 教頭先生
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六条の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王 伏姫(里見伏)