RE.乃木坂学院高校演劇部物語
「……さん」
わたしたちには語尾しか聞こえなかったけど、マリ先生には全部聞こえたみたい。
「だれ……関根さんて?」
「あ……それは」
マリ先生に聞かれてとぼけるのはむつかしい。潤香先輩も例外じゃない。
「……姉の元カレです。夢の中に出てきた人が……顔は見えないけど、そんな感じだったんです。わたしにも実の妹のように接してくださって……姉には内緒にしておいてください。姉には、大きなトラウマなんです」
「分かったわ……そういうことだったんだ」
「え……」
潤香先輩をシカトして、先生は命じた。
「いまのことは口外無用。潤香も含めて……いいわね」
はい……
四人が声をそろえて返事をした。
稽古は暗礁に乗り上げていた(-_-;)。
最初の口上もそうだけど、歌舞伎や狂言的な表現には苦労ばっか。
無対象の演技も、縄跳びなんかのレベルじゃない。見えないちゃぶ台に見えない食器、それも見えないお盆に載せて運ばなきゃならない。
バケツに水を入れるのも一苦労。空と水が入ってるんじゃ重さが違う。
ちゃぶ台を拭くのも、また一苦労。雑巾を水平に拭くのってムズイ!
お茶を飲んだら、里沙と夏鈴はともかく乃木坂さんにまで笑われてしまう。
―― それじゃ、お茶を被っちゃうよ ――
「だって、ムツカシイんだもん!」
「まどか、誰に言ってんのよ?」
「え、あ……自分に言ってんの。自分に」
「ヒスおこしたって、前に進まないよ」
そりゃあ、幽霊役の夏鈴はお気楽よね。壁でもなんでも素通りだし、この幽霊のノブちゃんだけ無対象の演技が無いのよ。
で、稽古場の奥じゃ本物の幽霊さんがお腹抱えて笑ってるしい~(プンプン!)
乃木坂さんは、ときどき上手に見本を見せてくれる。無対象でお茶を飲んだり、お婆さんの歩き方を見せてくれたり。
でも稽古中にそっちを見ていると、こうなっちゃう。
「モーーー、どこ見てんのよ!?」
「いや、その……考えてんのよ。で、遠くを見てるような顔になんの!」
乃木坂さんは、メモも残してくれる。
ありがたいんだけど、古いのよね……「体」は「體」だし「すること」は「す可」だし、まるで古文。むろん理沙や夏鈴に見せるわけにはいかないし。
はるかちゃんにも聞いてみた。説明はしてくれるんだけど、やっぱ、チャットじゃ限界。
いっそ、乃木坂さんが理沙や夏鈴にも見えたらなって思ってしまう。
☆ 主な登場人物
- 仲 まどか 乃木坂学院高校一年生 演劇部
- 坂東はるか 真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
- 芹沢 潤香 乃木坂学院高校三年生 演劇部
- 芹沢 紀香 潤香の姉
- 貴崎 マリ 乃木坂学院高校 演劇部顧問
- 貴崎 サキ 貴崎マリの妹
- 大久保忠知 青山学園一年生 まどかの男友達
- 武藤 里沙 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 南 夏鈴 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 山崎先輩 乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
- 峰岸先輩 乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
- 高橋 誠司 城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
- 柚木先生 乃木坂学院高校 演劇部副顧問
- 乃木坂さん 談話室の幽霊
- まどかの家族 父 母(恭子) 兄 祖父 祖母