オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
97『もっといいこと考えたんだ!』
注目されてしまった……オレンジパン店の前で。
わたしの独り言を聞きとがめて薬局のオジサンが「演劇部でポルノ?」と突っかかって来たから。
オジサンは演劇部の大先輩でもあり、部室棟害虫発生の時にお世話にもなっている。
「え、あ、いや、そういうんじゃないんです」
フルフルとワイパーみたく手を振るが、オジサンやベンチに腰掛けてメロンパンをパクついているお客さんたちの注目を浴びてしまっている。
あからさまに聞きとがめたのはオジサンだけだが、店の前だけじゃなく向かいの総菜屋さんまで耳をダンボにしている。
無言の好奇心というか野次馬根性というかは、無言であるがゆえの圧がハンパじゃない。
いっそ、あれこれ言われた方が説明がしやすい。
……というわけなんですよ。
千歳の感動ポルノという悩みを説明してオジサンには分かってもらえた。
我ながらきちんと言えたと思う、高校八年生だけのことはある。
「そうか、千歳ちゃんの悩みも分かるけど、あんまりこだわるなという須磨ちゃんの意見の方が正しいように思うなあ」
「そうでしょ」
「しかしなんやなあ、あんたの制服姿は板につきすぎてるなあ」
「で、ですか(^_^;)」
「普通にしてたら、当たり前の空堀高生やねんけどな、そうやって話すと、なまじしっかりした物言いで滑舌のええ標準語やろ、なんや女優さんが高校生の役やってるみたいや」
「せや、日活ロマンポルノに出てくる女子高生みたいや!」
総菜屋のオッサンが向かいから茶々を入れる。
「ロ、ロマンポルノ!?」
「〇祭ゆき! 美〇純! 原 〇子!」
知らない名前を叫ぶオッサン、言い方と表情で往年のポルノ女優さんたちだと見当が付くので「アハハハ」と空気を壊さないように愛想笑いをしておく。
「総菜屋! 調子乗り過ぎ!」
オジサンが忠告しオレンジパン店の周囲がにわかに活気づいた。
「しかし、なんやなあ、あの時代やったら、ほんまに日活のスターになれたんちゃうかなあ」
「せやせや、大島渚あたりがほっとかへんで!」
「愛のコリーダや!」
大島渚は亡くなりましたけど……
なんともハジケたオッサンたちは始末に負えない。
しかし、これで、わたしの心は決まった。
「千歳、やっぱ役者で出るのはやめておこう」
朝一番に千歳に言ってやった。
「あ、あ、やっぱそうですよね。ありがとうございます! とても気持ちが楽になりました!」
悩んでいたんだろう、とても晴れやかな笑顔になった。
理由は言わなかった。理由付けよりもしっかり言ってやることの方が大事だと思ったから。
迷ったまま舞台に立っても、いい結果は出ない。
たかが文化祭の舞台だけども、リアルに人の目に晒されるということに変わりはない。
わたしくらいに開き直って「ポルノ女優!」と囃されるくらいの人間でなきゃいけない。
でも、わたしは出たりはしないよ。
もっといいこと考えたんだからね。