日曜日には佐橋と上野の東京国立博物館で開催中の 運慶展に伺って参りました。
日曜日ということもあり、混雑を覚悟して出かけましたが、入場券売場は待ち時間なし、
入場に10分待ちという程度で、思っていたよりスムーズに館内に入ることができました。
けれど、さすがに国立の博物館さんです。
会場が広いので入場はスムーズでありましたが、やはり混雑はしていました。
「みよう!」と意識しないと、なかなか彫刻作品にたどりつけないのですね。
運慶の仕事はみなさまよくご存じだと思いますが、
今年、奈良博で鑑賞した快慶展とはまた違った迫力。
「人はその70年余りの一生に、これだけの仕事ができるものなのか」と圧倒されました。
数多くの展覧会を佐橋と観てきたつもりでいますが、立体の力、それも一人の人間の創造力と熱意に
深く感動したのはこれが初めてだろうと思います。
持ち帰りました図録から、写真を少しご覧いただきます。
上の画像↑ 国宝 八大童子立像 運慶作 鎌倉時代 1197年頃 和歌山 金剛峯寺
最も運慶らしい作品といえるかもしれません。
こちらも歴史の教科書などに出てくる作品ですね。
向かって右から 国宝 無著菩薩立像 左 国宝 世親菩薩立像
運慶作 鎌倉時代 1212年頃 奈良 興福寺
佐橋は今回この無著菩薩を何度も観ていました。「幾つになってもこの境地にはいけないなぁ~」と言いながら。。
国宝 四天王立像のうち多聞天立像 鎌倉時代 13世紀 奈良 興福寺
今回は運慶ばかりでなく、その子供や弟子たち、また鎌倉時代の仏像の展示も少しありました。
この四天王像、多聞天は運慶の作ではありませんが、私はとても強く惹かれました。
多聞天は日本では毘沙門天としてお馴染み、(四天王としてでなく単独で祀られる場合)
上杉謙信が自身を毘沙門天の生まれ変わりと考えていたと伝えられています。
必勝祈願、財宝福徳という多聞天のご利益に惹かれたのでしょうか?
多くの鬼を従えて、一番大切な北の守護神、最強の戦闘神というところが私の性格にあったのでしょうか?
佐橋が何度も、無著菩薩を観ていたことと
私が何度もこの多聞天を見ていたことが、私達夫婦の本質を物語るのかもしれませんね(;'∀')
午後1時に入場し、運慶展を拝見し、その後は閉館の5時まで
同じ博物館内の本館全て、東洋館をほんの少しだけ拝見しました。
こちらでも素晴らしい作品たちに多く出会えましたので、また後日ご紹介させて頂きます。
興福寺中金堂再建記念特別展 運慶 は上野東京国立博物館の平成館さんで11月26日までの開催となります。
お近くのみなさま、東京にお出かけのみなさまは是非ご覧いただけたらと存じます。