つれづれ

名古屋市内の画廊・佐橋美術店のブログ

吉本新喜劇

2020年04月28日 | 日記・エッセイ・コラム
子供の頃は、東京で「デン助劇場」というテレビ番組を見るのが大好きでした。

いわゆる現在の吉本新喜劇の東京版とご紹介するのが、今のお若い方にはお伝えしやすいのかもしれません。

関東のお笑い文化は下町、浅草の劇場から発信されました。

デン助さんやコント55号、それからドリフターズや漫才のツービート(たけしさん)、ナイツさんなどに繋がる文化です。

東京にいても、そうしたお笑いの劇場中継は殆ど見受けられrなくなっていましたが、
名古屋にお嫁に来てからは、毎週土曜日の昼に吉本新喜劇の劇場中継?多分録画でしょうけれど、放映してくださるのがとても
嬉しく感じられました。









さて、先週の土曜日の吉本新喜劇は「絵描きさん」を主人公にしたお話でした。

イーゼルや描きかけのキャンバス、「アトリエ」を想像させる小道具が舞台に沢山出てきました。

「こんな時に、どんな形でも絵を話題にしてくれるのは嬉しいね」と佐橋と話しながら楽しく見ていたのですが







この彼女の後ろのバラの絵!

「中川一政にしか見えないぞ」と佐橋が言い出しました。

それからは、お話を楽しむよりもこの上の画像を撮影するのに、私は必死になりました💦

やっと撮影できて、よく見てみると、たしかに一政にこんな作品があったような。。

真似をして描いたものなのか?例えば画集をコピーしたものなのか?もよくわかりませんが、

小道具として、なかなか良くできた物だなぁと感心しました。


さて、そのうちに、お笑いですから。。

キャンバスごと、相手の頭を叩いて、首まで通すとか
絵をビリビリに破くとか、演出上そうするのだろうなとは思っていましたが、

なんとそれまでケラケラ笑っていた私たちは、
実際芸人さん達が、舞台であまり何枚も絵を破くので。。

「印刷物」だとわかっていても、何故か笑えない💦
それどころか
「可哀想やめて〜」と声に出してしまうくらいになりました😭

感染の問題で、私たち自身がとてもナーバスになっていた時期でもありますし、
やはり「仕事病」的な要素も大きいと思いますが、

「あぁ、私たちは一生の殆どを絵画に関わる時間に費やしてきたのだな」と
あらためて実感してしまいました。吉本新喜劇を見て😵

たかがお笑い、されどお笑い。

お笑いもまた、微妙なニュアンスの上に成り立つ文化、芸術であるように感じられます。

これからも、新喜劇を楽しみながら、自分たちの時間を刻んでゆきます。





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面積

2020年04月23日 | 日記・エッセイ・コラム
国や愛知県から要請をいただく前に早々と休業の張り紙を出させていただいた当店ですが、

愛知県が公式に発表される休業要請の先に、当店のような業種が含まれるのかは気になっていました。

先日発表された要請先には、きちんと古物商、美術商と明記がありましたが、なんと協力金の支給は
床面積1000平方メートル超の店舗とあり、「そんな画廊がどこにあるんじゃ?」と思っていたところです。

協力金はいただければ助かりますが、金額的なものよりも、なんとお伝えすればよいのでしょうか??
一言で言うと「愛知県や名古屋市に当店の活動を認めていただきたい」「小さいながら社会的貢献もさせていただいているのです」というそんな気持ちが強く、いただけるか?いただけないか?に拘ってきたように思います。

新聞記事のように、愛知県は結局床面積の条件を撤廃してくださいました。

そうなると、認めていただける、認めていただけないも結局お金で判断か?と自身でも少し恥ずかしく思えますが、「それなら、もう勝手に店をひらいてやるーー」的な気持ちが少し芽生えていたのを、そっと抑えることができました。

誰かを非難できるほど、立派な人はどこにもいないように思えます。

ただ、私達が少しお行儀よく行動したいと願うのは、美術品を扱う仕事をさせていただいているという立場が
あるからだと思います。


新聞にはもう一つの記事。





NHKのラジオ、「音楽の泉」を担当されていた皆川さんが他界されました。
時々この方のお声を聞き、クラッシック音楽を聞くのが好きでした。

そうですね、、、橋本関雪の絵を観るように清々しい気持ちになれました。

少しでも、どなたかのお心に清々しいものをお届けできるような人になりたい。

どんなに面積は小さくても、寛く、深い作品を扱う店でありたい。そう思います。






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おうちの灯り

2020年04月19日 | 日記・エッセイ・コラム

先週は2人で店に通いました。
店でも結局2人だけで過ごしていますので「外部との接触」は避けられていると思いますが、「家にいよう」は守れていませんでした。





この子に餌をあげに来る必要もありませんので、必ず店に来る必要もないのでしょうけれど。。

それでも、店に来てしまうのは

 溜まってしまっている仕事を少しでも片付けておこうという気持ち。

 仕事から離れてしまうことへの不安

 自分たちの選んできた作品は今、どう見えるだろう?という興味

の理由からだと思います。









昨夜、店から自宅に戻る途中、名古屋の繁華街、栄や久屋大通の多くのビルが、灯りを消していることに驚きました。

そして、マンションやお家の灯りがいつもより多く灯っていることに気づきました。

ヒューマニズムの回帰を願い、私たちは近代日本美術作品を扱わせていただいてきたつもりでおりましたが、おうちに絵を飾ろうにも、皆さんが普段おうちに長くはいらっしゃらないのだ。。とあらためて気づかされました。


今月15日の中日新聞の記事が頭から離れません。

なかでも98歳の哲学者エドガール・モランの言葉
「全人類が運命共同体だとかつてないほど強く感じている」には色々な事を考えさせられました。

ニュースは沢山見ないようにしていますが。。



自分が感染してしまったという事実に耐えきれず、わざわざまだ開店もしていないお店に行き、ソファーに居座ってしまう人。

高速道路に車を飛ばしてまで、他県のパチンコ屋さんにいってしまう人。

あのいくつものおうちの灯りの元には、この方達の心の居場所がなかったのではないだろうか。




「出かけることも許されないお子さん達」はその灯りの下で命にかかわるほど辛く、苦しい思いをしていないだろうか。



仮住まいをされながら重篤患者さんの治療にあっていらっしゃるお医者様、看護師さん達は毎日どんなお気持ちであの防護服を着るのだろうか。家族の待つ、温かな部屋の灯りにホッと安心して帰れる日々を思っていらっしゃるのではないだろうか。


私達は他者に「なんてことをしてくれたんだ」と怒りながら、「ありがたい。敬意を表したい」と心から感謝しながら

「もろともに」生きている。それが運命共同体の姿なのだと実感されます。



現代人にとって、おうちにいよう!という決意は相当に困難なことのように思います。

資本主義と科学の究極の進歩が、物質を介することでしか人と人の関わりを認めてこなかったからです。
物質は常におうちの外にあります。




ヒューマニズムの復権は、私たちの望むところであったはずなのに、
人はそこに帰ってくるだろうと信じてきたはずなのに、、

いざ、その分岐路に立たされてみると、運命共同体の先行きを今一番疑っているのは、この店に絵を飾り、スポットライトをたくさん灯してきた私たち自身であることに驚きます。

愛や情緒を重んじたいと願って灯してきたその灯りは、これからどんな灯りになっていくのだろうか?

休業させていただく間に、自分たちの願いをあらためて確認したいと思っています。



今週からはしばらく自宅で過ごすつもりです。

作品の画像や画集などの資料が揃いませんので、身の周りのことばかりになってしまうかもしれませんが、
また皆さまにお読みいただければ幸いに存じます。
























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画廊プロムナード

2020年04月12日 | 日記・エッセイ・コラム
以前東京銀座に、画廊の実店舗が500から1000軒並んだように、
ネット上で、画廊の各ホームページを並べるプロムナードのような物が作れると良いと思うのですが、
自分の価値観を強調して仕事をする画商というのは一匹狼が多く、なかなか群れる事が直ぐにできませんので、、

ひとまず皆さまにはこちらをご紹介させて頂こうと思います。

洋画商協同組合の組合員一覧から、ホームページを持つ画廊さんのご紹介をしています。

一口に画廊と言っても、全国に色々な方が色々な作品を扱われています。

ご興味をお持ちくださり、作品にお問い合わせをしていただく場合は
洋協のホームページを見た!と一言お添えいただくと、お客様のお立場が画商に理解しやすいかと
存じます。

或いは、当店の名前を出してくださっても構いません。

私はいつも、他の画廊さんのページを見て、勉強させていただいています。

宜しかったら、「銀ブラ」ご気分でどうぞお楽しみください。

日本画については、またオススメのサイトを検討させて頂きますね。


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おはようございます

2020年04月12日 | 日記・エッセイ・コラム
臨時休業のお知らせをさせていただきますと、皆さまから「再開のお知らせを待っています」というお優しい言葉を頂戴し、勇気をいただきます。ありがとうございます。

タブレットの画像フォルダにこんな記事が残っていました。




「融通をきかせないこと」

ベートーベンは、朝比奈さんの解釈にも、もしかしたら「勝手な解釈だ、融通ばかりだ」と文句を言うのかもしれませんが、

芸術家が作品を残すということは、どんな融通にも耐え、その時々に「より真実に近い物」に寄り添いながら未来を生き延びていく力を、作品に与えるという事なのだと思います。

画商という仕事も、結局「融通が仕事」になってしまう危険性が高いように感じます。


物故作家がその一生をかけて画面に残した「人生の景色」を、こんな今こそ「融通」を捨てて
眺めるチャンスかと思っています。







※注  「融通をしない事」はお値引きをしないということではございません。
コメント (4)
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