「描けば描くほど思い出が思い出を呼んで新しいイメージが湧いてくる」はシベリアシリーズを生んだ香月泰男の言葉ですが、
同じように、「絵を見れば見るほど、新しい物が見えてくる」ということが、鑑賞者にも経験されることだろうと思えます。
見えてくるというのは、ただ「ああ、ここに木が描かれているのかぁ」とか「この赤には気づかなかったな」ということではなく
自分の人生や自然・宇宙の成り立ちに「気づく」ということだろうと思います。
小杉放庵のこの絵を佐橋はずっと褒め続けていました。
色紙ほどの小さな作品。確かに放庵らしくうまいなぁと思っていましたが、「何がそれ程までに良い?」と半分わかったふりをしていたのですね。
けれど、ふと見えてきました。絵の全体が。
私をここにおいてみたのです。(緑の矢印の場所)
すると突然、滝や川を流れる水の音、木々の揺れる姿、そして自分のいる場所の高さまで実感されました。
トリックアートなどと呼ばれる物ではありません。
放庵が紙と墨と筆に込めた「創造と美意識と努力」そのものです。
そして、人は人生において、自分をどこに置いて、何を眺め、何を楽しんで暮らすか?ということへの
放庵の示唆だろうと思えます。
この感染問題の決着はさて、どこにあるのでしょうか?
これから私たちは、新しいワクチンや薬の発見で真に「命への安心」を得ることができるのでしょうか?
一度、疑ってしまったものへの信用。
それを取り戻すのは、ただひたすらに自然の大きさ、美しさにひれ伏すこと、
そして「今」生きている自分の命を清く、明るく深く愛すること。
それだけしかないのだと教えてくれているようです。
独坐幽篁裏
弾琴復長潚
深林人不知
明月来相照
ただ一人奥深い竹藪に座り
琴をひいたり、詩を吟じたりしている。
奥深い竹林は人に知られる事もなく
明るく輝く月が私を照らしていてくれる。
王維(中国盛唐時代の文人) 「竹里館詩」より
池大雅 小杉放庵 共に「竹裏館」という作品の中に記した詩です。
放庵の新しい作品も入手いたしました。
順にご紹介申し上げて、夢であった放庵展の開催の準備を進めたいと思っています。
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