2012年1月9日(祝・月)
「やまさん」こと、カントリーウオーカーの山浦正昭さんが、4年前から正月に実施
している『LL(Lake to Lake)ウオーク』、その16回目が成人の日に行われた。
集合は、昨年のゴールである東武伊勢崎線の館林駅に10時。新装なった駅前広場に
集まったのは、やまさんのほか埼玉県の4人と、地元邑楽町(おうらまち)にお住まい
で、このウオークは初参加のKさんの6人、いずれも中山道ウオークのメンバーである。
隣駅、茂林寺前駅に近い茂林寺ゆかりのタヌキや、設立当初の巨人軍のキャンプ地、
分福球場での猛練習(このことを知る人は相当の高年齢者)のことを記した記念碑の前
で記念撮影をして、駅東口を10時10分に出発した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/66/9754eec245b8e64c8c0e4e1f8830317f.jpg)
西口に回って伊勢崎線の線路に沿って進み、最近開通したらしい広い道路に出ると、
北側に平屋建ての大きな工場があった。皇后さまゆかりの正田醤油の工場である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/f0/4f3fc3ac00faef7bf0d43b46e8361d65.jpg)
東武小泉線の踏切を越えて国道122号を横断、新栄町から北成島町へと進む。住宅
地の中に、いまは需要も少なくなっていると思われる旗の店があり、成人の日の今日は、
国旗が掲揚されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/a6/5890cb774a4d6589161b9502c05d9dec.jpg)
付近は畑も多く、農家の作業施設だろうか、こんな大きな建物も見られる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/7a/15ec4f8a52e93b4bdab47f200995c0a8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/67/cfcf22d7b84d18a4badf5c96c4f17c42.jpg)
住宅地の北側で、多々良沼(たたらぬま)に沿ったりっぱな赤松林に入った。林の中
には、ところどころに野外彫刻が置かれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/ac/008d8c854f9888462e0e7d517df806e7.jpg)
松林を抜けて田んぼの中を多々良沼の東部に向かう。北側には、雪を被った男体山な
ど日光連山、上毛三山の一つ赤城山などの山並みが遠望できるが、今日は風がなく穏や
かな日和なので、それらは霞んでいた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/aa/525c51068d4af280d686f4db30032625.jpg)
北東には、やまさんなどと以前に関東百駅順礼歩行で来たときに入館した、県立美術
館も見られる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/4d/d0ec8dc69170d310e244b23cad675f56.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/e8/881d98878284200cc8650398019f3238.jpg)
多々良沼の東側沼辺に出ると、たくさんのカモに混じり北国から飛来した白鳥が岸辺
に集まっていたが、以前Kさんの案内で回った対岸の弁天堂付近の方がはるかに多い。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/57/1a4887801e6c7a585e462a63dbb6dd50.jpg)
沼の東側から南側にかけては、県立多々良沼公園として整備されている。公園の自然
観察池から中央広場を経て里山ゾーンを西に抜けた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/0a/683b545ac398026ed672d88295df6bd9.jpg)
沼際を離れて「スーパー魚丈」のある交差点に出て、次の近藤沼に向かう。
東武小泉線成島駅の西側の踏切を越えて、交通量の多い国道354号を横断、館林市
市立十小の通りを南に進んで、鶴生田川(つるうだがわ)沿いに出た。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/7b/0773ae85d6276678f1d1115226b3df6b.jpg)
川沿いを進むと、水辺で休んでいた10羽前後のカモが、われわれに驚いて飛び立つ。
1㎞余り進んで長方形の近藤沼の東北端に正午近くに着き、ここで昼食とする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/18/225b6ecc930902bdd02ded2e0d8af868.jpg)
沼の北岸には桜並木が続き、花どきにはよい花見の場所となりそう。沼では釣り糸を
垂れる人の姿も見られる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/47/db06d5229302a58359cb94159c05a3c6.jpg)
20分ほどで沼を離れて下三林町に入り、県道83号に面した長良神社の横を通過する。
田んぼのあぜ道を南に進み、次の入ヶ谷町の県道361号際には、菅原神社が狭い高
台の上に祭られていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/48/3931f9f540dd2abed386508107984aa1.jpg)
県道のすぐ東の橋際、昭和天皇のご成婚記念碑のところから川に沿って南へ。工業団
地と田んぼを造成した広い空き地の間を進み、明和町大輪の住宅地を抜けて、利根川左
岸堤防に上がった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/05/52b12fdca8de9c12fbc066e742de1e04.jpg)
下流すぐ近くに、県道122号の昭和橋が望まれ、近くに利根川河口から151.5
㎞の標識が立つ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/d2/1b544b11094f9780061891c0d5a8549e.jpg)
広々とした河川敷に繁る枯れススキや、堤防の北側に広がる明和町の家並みなどを眺
めながら上流に向かう。風がなく気温も幾分高め、新年になって初めての絶好のウオー
キング日和だが、遠方はさらに霞み、日光連山や北から西の山並みはほとんど認識でき
なくなった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/17/f43509f4e3f864780bd9cb1acc24e0ac.jpg)
次第に近づく武蔵大橋に向かって進み、橋の北詰に出た。
橋のすぐ上流が満々と水をたたえた利根大堰(おおぜき)。全長は約700mあり、
対岸の埼玉県側の取水口から昭和44年(1969)年4月に取水を開始して、首都圏
の飲料水や工業用水、利根川中流域のかんがい用水などに供給されている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/a0/8181f7a7572387f347d9ed416288a9ed.jpg)
ちなみに最近の報道では、取水口近くで観察された昨年のサケの遡上数が1万5千匹
を超えており、過去最大だったという。 詳細は、このウェブページを…。
利根大堰のあたりから、利根川の流れは右に緩やかにカーブする。満々とたたえた水
面ではジェットスキーが、上空には近くの河川敷から上がったモーターグライダーが、
激しい音を立てて移動していた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/e8/2569cb2c98592391b111fd54061283e2.jpg)
一方、3~4㎞先の妻沼グライダー滑空場から離陸したグライダーが数基、音もなく
上空や前方を飛翔するのが望まれる。
瀬戸井集落の東端付近の堤防上にあった、水辺運動広場の東屋で休憩する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/b4/5d229152ba86638a1c4e43282a5dac39.jpg)
しっかりした足取りでウオーキング中の女性が来たので、声をかける。近くにお住ま
いで、間もなく喜寿になるとか。そうは見えない足取りに感心し、元気の秘訣などをう
かがった。
堤防に上がってから7㎞ほど、河口から158.5㎞標識の近くに、今日のゴールの
赤岩渡船場があり、15時ちょうどに着いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/46/f6744dd09b39f274ec82370b6c86d9a6.jpg)
赤岩渡船の歴史は古く、永禄年間(1558~69)の上杉景虎の案内状にも記され
ており、江戸時代には年貢米や参勤交代の荷物、生活物資の集積地、上下流の物資の中
継地点として栄えたという。
現在は、群馬県千代田町赤岩と埼玉県熊谷市葛和田(くずわだ)とを結ぶ県道熊谷館
林線の道路渡船として、地域の人に利用されている。
次回は、この渡船を利用して埼玉県に入るので、管理小屋に寄ってみたら、地元の方
数人が寄り集まり、歓談していた。
堤防上にあった標識のそばで、今回のゴールの記念撮影をする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/6b/0c54920d0155ec140941ec33a16a949f.jpg)
そばのバス停からのバスは16時発なので、周辺を少し回ることにした。北側の赤岩
集落に入り、「赤岩不動」とも呼ばれる光恩寺へ。
「北関東三十六不動尊霊場第十一番札所」と掲げられた山門前には、お堂に入ってい
ない仁王像が立っていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/f0/a2958aa5ba833c8c6d5a491225a0ae5e.jpg)
本堂の天井には龍の天井絵があるが、正面の扉はわずかしか開かず、全面を見ること
はできない。
境内東側には、対岸の熊谷市葛和田出身で日本最初の女医、荻野吟子(おぎのぎんこ)
生家の長屋門が移築されていて、国登録有形文化財に指定されている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/1f/3c535f0d43c40ed1bf559ce5d06f1c43.jpg)
そばに、最近できたらしい荻野吟子像が立っていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/73/1b420c3ec84314a99e857be8b2a43bc7.jpg)
境内西側、コンクリート製の建物の下には、県指定重要文化財の地蔵菩薩画像板碑が
保存されていた。鎌倉時代の文永8年(1271)の制作で、画像板碑としては最古に
属するものという。
ここで、地元から初参加のKさんが、自宅まで歩いて帰宅されるというので分かれる。
門前の通りを東から北に回ると、光恩寺の境内が続いていて、全長80m、高さ8m
ほどの前方後円墳で、古墳時代のものと推定される堂山古墳があり、後円部頂上には光
音寺の鐘楼が設置されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/49/e2/18a538b0db1e69a0372192526493edd0.jpg)
古墳の前には、県重文の阿弥陀三尊を祭る阿弥陀堂があり、そばに、「弘法大師が安
置し、永享12年(1440)の結城合戦に焼け残った」ことなどが記されている。
利根加用水を越えてさらに北へ、町民プラザを呼ぶ建物の前や町立体育館の横を通過
し、15時45分に千代田町役場に着く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/c1/17e07a39a32bf0ae33fc18893719bdae.jpg)
少し遅れてきた16時5分発バスに乗ったら、70歳以上は無料という。16時35
分に館林駅に着き、すぐに来た久喜行き上り電車に乗る。
(天気 快晴、参加者 6人、距離 18㎞(役場まで20㎞)、地図(1/2.5万)
館林、佐野、妻沼、(足利南部))、歩行地 館林市、明和町、千代田町、歩数
32,100(役場まで)
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「やまさん」こと、カントリーウオーカーの山浦正昭さんが、4年前から正月に実施
している『LL(Lake to Lake)ウオーク』、その16回目が成人の日に行われた。
集合は、昨年のゴールである東武伊勢崎線の館林駅に10時。新装なった駅前広場に
集まったのは、やまさんのほか埼玉県の4人と、地元邑楽町(おうらまち)にお住まい
で、このウオークは初参加のKさんの6人、いずれも中山道ウオークのメンバーである。
隣駅、茂林寺前駅に近い茂林寺ゆかりのタヌキや、設立当初の巨人軍のキャンプ地、
分福球場での猛練習(このことを知る人は相当の高年齢者)のことを記した記念碑の前
で記念撮影をして、駅東口を10時10分に出発した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/66/9754eec245b8e64c8c0e4e1f8830317f.jpg)
西口に回って伊勢崎線の線路に沿って進み、最近開通したらしい広い道路に出ると、
北側に平屋建ての大きな工場があった。皇后さまゆかりの正田醤油の工場である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/f0/4f3fc3ac00faef7bf0d43b46e8361d65.jpg)
東武小泉線の踏切を越えて国道122号を横断、新栄町から北成島町へと進む。住宅
地の中に、いまは需要も少なくなっていると思われる旗の店があり、成人の日の今日は、
国旗が掲揚されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/a6/5890cb774a4d6589161b9502c05d9dec.jpg)
付近は畑も多く、農家の作業施設だろうか、こんな大きな建物も見られる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/7a/15ec4f8a52e93b4bdab47f200995c0a8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/67/cfcf22d7b84d18a4badf5c96c4f17c42.jpg)
住宅地の北側で、多々良沼(たたらぬま)に沿ったりっぱな赤松林に入った。林の中
には、ところどころに野外彫刻が置かれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/ac/008d8c854f9888462e0e7d517df806e7.jpg)
松林を抜けて田んぼの中を多々良沼の東部に向かう。北側には、雪を被った男体山な
ど日光連山、上毛三山の一つ赤城山などの山並みが遠望できるが、今日は風がなく穏や
かな日和なので、それらは霞んでいた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/aa/525c51068d4af280d686f4db30032625.jpg)
北東には、やまさんなどと以前に関東百駅順礼歩行で来たときに入館した、県立美術
館も見られる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/4d/d0ec8dc69170d310e244b23cad675f56.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/e8/881d98878284200cc8650398019f3238.jpg)
多々良沼の東側沼辺に出ると、たくさんのカモに混じり北国から飛来した白鳥が岸辺
に集まっていたが、以前Kさんの案内で回った対岸の弁天堂付近の方がはるかに多い。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/57/1a4887801e6c7a585e462a63dbb6dd50.jpg)
沼の東側から南側にかけては、県立多々良沼公園として整備されている。公園の自然
観察池から中央広場を経て里山ゾーンを西に抜けた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/0a/683b545ac398026ed672d88295df6bd9.jpg)
沼際を離れて「スーパー魚丈」のある交差点に出て、次の近藤沼に向かう。
東武小泉線成島駅の西側の踏切を越えて、交通量の多い国道354号を横断、館林市
市立十小の通りを南に進んで、鶴生田川(つるうだがわ)沿いに出た。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/7b/0773ae85d6276678f1d1115226b3df6b.jpg)
川沿いを進むと、水辺で休んでいた10羽前後のカモが、われわれに驚いて飛び立つ。
1㎞余り進んで長方形の近藤沼の東北端に正午近くに着き、ここで昼食とする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/18/225b6ecc930902bdd02ded2e0d8af868.jpg)
沼の北岸には桜並木が続き、花どきにはよい花見の場所となりそう。沼では釣り糸を
垂れる人の姿も見られる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/47/db06d5229302a58359cb94159c05a3c6.jpg)
20分ほどで沼を離れて下三林町に入り、県道83号に面した長良神社の横を通過する。
田んぼのあぜ道を南に進み、次の入ヶ谷町の県道361号際には、菅原神社が狭い高
台の上に祭られていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/48/3931f9f540dd2abed386508107984aa1.jpg)
県道のすぐ東の橋際、昭和天皇のご成婚記念碑のところから川に沿って南へ。工業団
地と田んぼを造成した広い空き地の間を進み、明和町大輪の住宅地を抜けて、利根川左
岸堤防に上がった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/05/52b12fdca8de9c12fbc066e742de1e04.jpg)
下流すぐ近くに、県道122号の昭和橋が望まれ、近くに利根川河口から151.5
㎞の標識が立つ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/d2/1b544b11094f9780061891c0d5a8549e.jpg)
広々とした河川敷に繁る枯れススキや、堤防の北側に広がる明和町の家並みなどを眺
めながら上流に向かう。風がなく気温も幾分高め、新年になって初めての絶好のウオー
キング日和だが、遠方はさらに霞み、日光連山や北から西の山並みはほとんど認識でき
なくなった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/17/f43509f4e3f864780bd9cb1acc24e0ac.jpg)
次第に近づく武蔵大橋に向かって進み、橋の北詰に出た。
橋のすぐ上流が満々と水をたたえた利根大堰(おおぜき)。全長は約700mあり、
対岸の埼玉県側の取水口から昭和44年(1969)年4月に取水を開始して、首都圏
の飲料水や工業用水、利根川中流域のかんがい用水などに供給されている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/a0/8181f7a7572387f347d9ed416288a9ed.jpg)
ちなみに最近の報道では、取水口近くで観察された昨年のサケの遡上数が1万5千匹
を超えており、過去最大だったという。 詳細は、このウェブページを…。
利根大堰のあたりから、利根川の流れは右に緩やかにカーブする。満々とたたえた水
面ではジェットスキーが、上空には近くの河川敷から上がったモーターグライダーが、
激しい音を立てて移動していた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/e8/2569cb2c98592391b111fd54061283e2.jpg)
一方、3~4㎞先の妻沼グライダー滑空場から離陸したグライダーが数基、音もなく
上空や前方を飛翔するのが望まれる。
瀬戸井集落の東端付近の堤防上にあった、水辺運動広場の東屋で休憩する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/b4/5d229152ba86638a1c4e43282a5dac39.jpg)
しっかりした足取りでウオーキング中の女性が来たので、声をかける。近くにお住ま
いで、間もなく喜寿になるとか。そうは見えない足取りに感心し、元気の秘訣などをう
かがった。
堤防に上がってから7㎞ほど、河口から158.5㎞標識の近くに、今日のゴールの
赤岩渡船場があり、15時ちょうどに着いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/46/f6744dd09b39f274ec82370b6c86d9a6.jpg)
赤岩渡船の歴史は古く、永禄年間(1558~69)の上杉景虎の案内状にも記され
ており、江戸時代には年貢米や参勤交代の荷物、生活物資の集積地、上下流の物資の中
継地点として栄えたという。
現在は、群馬県千代田町赤岩と埼玉県熊谷市葛和田(くずわだ)とを結ぶ県道熊谷館
林線の道路渡船として、地域の人に利用されている。
次回は、この渡船を利用して埼玉県に入るので、管理小屋に寄ってみたら、地元の方
数人が寄り集まり、歓談していた。
堤防上にあった標識のそばで、今回のゴールの記念撮影をする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/6b/0c54920d0155ec140941ec33a16a949f.jpg)
そばのバス停からのバスは16時発なので、周辺を少し回ることにした。北側の赤岩
集落に入り、「赤岩不動」とも呼ばれる光恩寺へ。
「北関東三十六不動尊霊場第十一番札所」と掲げられた山門前には、お堂に入ってい
ない仁王像が立っていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/f0/a2958aa5ba833c8c6d5a491225a0ae5e.jpg)
本堂の天井には龍の天井絵があるが、正面の扉はわずかしか開かず、全面を見ること
はできない。
境内東側には、対岸の熊谷市葛和田出身で日本最初の女医、荻野吟子(おぎのぎんこ)
生家の長屋門が移築されていて、国登録有形文化財に指定されている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/1f/3c535f0d43c40ed1bf559ce5d06f1c43.jpg)
そばに、最近できたらしい荻野吟子像が立っていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/73/1b420c3ec84314a99e857be8b2a43bc7.jpg)
境内西側、コンクリート製の建物の下には、県指定重要文化財の地蔵菩薩画像板碑が
保存されていた。鎌倉時代の文永8年(1271)の制作で、画像板碑としては最古に
属するものという。
ここで、地元から初参加のKさんが、自宅まで歩いて帰宅されるというので分かれる。
門前の通りを東から北に回ると、光恩寺の境内が続いていて、全長80m、高さ8m
ほどの前方後円墳で、古墳時代のものと推定される堂山古墳があり、後円部頂上には光
音寺の鐘楼が設置されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/49/e2/18a538b0db1e69a0372192526493edd0.jpg)
古墳の前には、県重文の阿弥陀三尊を祭る阿弥陀堂があり、そばに、「弘法大師が安
置し、永享12年(1440)の結城合戦に焼け残った」ことなどが記されている。
利根加用水を越えてさらに北へ、町民プラザを呼ぶ建物の前や町立体育館の横を通過
し、15時45分に千代田町役場に着く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/c1/17e07a39a32bf0ae33fc18893719bdae.jpg)
少し遅れてきた16時5分発バスに乗ったら、70歳以上は無料という。16時35
分に館林駅に着き、すぐに来た久喜行き上り電車に乗る。
(天気 快晴、参加者 6人、距離 18㎞(役場まで20㎞)、地図(1/2.5万)
館林、佐野、妻沼、(足利南部))、歩行地 館林市、明和町、千代田町、歩数
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