愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題85 漢詩を読む 酒に対す-10; 李白: 酒に対して賀監を憶う

2018-09-08 10:38:54 | 漢詩を読む
この二句:
長安一相見,呼我謫仙人。

「長安で逢うなり、私を“謫仙人”と呼んだのでした」と。李白が、賀知章の故郷・紹興(会稽)を訪ねた折に詠んだ「酒に対して賀監を憶う 二首」'其の一'の中の句です。賀知章に対する李白のしみじみとした情が感じられる詩です。詩‘其の一’は下に示しました。 

李白は、賀知章 (659~744) が亡くなって2 (3 ?) 年後に会稽を訪ねています。きっと賀知章の墓前で“紹興酒”を酌み交わしたのではないでしょうか。

xxxxxxxxxxx
対酒憶賀監  其一
四明有狂客, 四明に 狂客 有り,
風流賀季真。 風流なる賀(ガ)季真(キシン)。
長安一相見, 長安にて 一たび 相ひ見(マミ)えしに,
呼我謫仙人。 我を 謫(タク)仙人と呼ぶ。
昔好杯中物, 昔 杯中の物を好み,
今為松下塵。 今 松下の塵と為(ナ)る。
金亀換酒処, 金亀(キンキ) 酒に換(カ)へし処,
却憶涙沾巾。 却(カヘ)って 憶(オモ)えば涙 巾(ヌノ)を 沾(ウルオ)す。
 註]
賀監:秘書監の賀知章、字は季真
四明:浙江にある山、四明山
狂客:奇特な振る舞いをする人
謫仙人:天上界から人間世界に追放されてきた仙人、非凡な才能をもった人
杯中物:お酒
松下塵:亡くなって土に帰ったことをいう
金亀:黄金のカメの飾り、貴重な物
却憶:想うまいとするが、意志に反して想い出される

<現代語訳>
酒に対して賀監を憶う
浙江の四明には“四明狂客”と号する奇特な人がいた、 
世俗から離れた賀季真である。
長安で逢うなり、
私を“謫仙人”と呼んだのでした。
昔はお酒が大好きであったが、
今は松下の塵土で静かに眠っている。
貴重な金亀をお酒に換えてご馳走してくれた、
想うまいとすればなお想い出されて涙が零れてくる。
xxxxxxxxx

李白は、この詩の序で、『皇太子の賓客であった賀公は、長安の紫極宮で私の詩を読むなり、私を“謫仙人”と呼んだ。それを機に、金亀を解いて酒に換えて、ご馳走してくれた。賀公が亡くなってからは、お酒に向かうと悲しみがこみ上げてくるのである。そこでこの詩を作った』 と述べています。

賀知章については前に触れました。玄宗皇帝の頃、長年官界で働き、秘書監の位まで昇りつめ、80歳過ぎて故郷の紹興に帰った。ところが、故郷の子供らから、「お客さんはどちらから来たの?」と声をかけられた、と(「郷に回りて偶々書す二首 其の一」;閑話休題 12、’15-08-16)。

久々に帰って来た故郷では、周りの事情はすっかり変わっていて、胸の奥に大きな空洞を感じている。しかし長年のお勤めに対する褒美として帝から贈られた門前の湖・鏡湖だけは、昔と変わらず春風にさざ波を立てている(「同上 其の二」;閑話休題 13、’15-09-04)。

晩年、賀知章は、酒に浸り、自ら“四明狂客”とか“秘書外監”などと号して、放縦な生活を送っていたようです。杜甫は、「飲中八仙歌」の中で賀知章を筆頭に挙げています:“知章が酒に酔って馬に騎(ノ)る様子はまるで船に乗っているようだ” と(閑話休題 69, ‘18-03-13)。

賀知章は、酔って街を遊び歩く際には、書を書いて道行く人々に上げたという。書の面では、東晋の書家・王義之 (オウギシ、307~365) に喩えられるほどであると評されており、草書、隷書が得意であったという。

“酒に対して賀監を憶う”は、本稿で読んでみたい と、兼がね温めていた話題でした。 “人と人との心の繫がりとお酒の関り”を深く考えさせてくれる詩のように思われるからです。

「酒に対す」稿での目下の目標は、漢詩に現れた‘美酒’を取り上げ、‘味わって’いくことにあります。前回“白酒”を話題にした関係上、ここで“黄酒”を取り上げるべく思いを巡らせていました。 “蘭陵の美酒”の如く“紹興の美酒”と詠った詩はないものか と。

“紹興”の酒を直接詩中に詠み込んだ漢詩は見当たりませんでした。知る人ぞ知る、“紹興酒”は、世界的にも最も古く、数千年以上(7,000年とも)前から造られていた、いわゆる“黄酒”の代表と言われているお酒であるにも拘わらず です。

賀知章の生まれ故郷で飲まれるお酒は“紹興酒”に違いないであろう。そこで“黄酒・紹興酒”に関わる話題として、“紹興の酒”と直接関わる用語は含まれていませんが、“酒に対して賀監を憶う”を読む機会とした次第です。

“黄酒”とは、前回触れたお酒の作り方の中で、最終発酵の段階を経た“もろみ”から蒸留して得られる“白酒”に対して、“もろみ”を搾って得られた液です。本質的には、日本の清酒と同じく醸造酒です。ただ、原料は異なっており、色は黄色~赤みを帯びた黄色である。

続けて、次回「酒に対して賀監を憶う 二首」'其の二'を読みます。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする