九月になりましたが、まだまだ暑い日が続きますね!
もうこれ以上暑いのは勘弁!!と仰るあなたに、少しだけ涼しくなれるショートショートを贈ります。
タイトルはそのものズバリ『お見舞い』です。
では白文字を反転させてお読みください。
ps.怖いのが苦手という方は読まないでください。トラウマになるまで怖いということはないと思うけど。マリーコさん、りぼんさんは読んじゃダメです。逆にEさんや小夏さんには読んでほしいなぁ、、、って特定の名前を出すのもなんですが。笑。
『お見舞い』
ずいぶんと久しぶりに彼が病室にやってきてくれた。
「顔色、だいぶ良くなったみたいだ」
本当に久しぶりだというのに、悪びれる様子も特になく、彼はいつもの人なつっこい笑みを私に向けた。
ああ、ダメだ、私ったら、次に彼がやってきたら、言いたいことがたくさんあったっていうのに、シナリオだっていくつも頭の中で作っていたっていうのに、この笑顔のせいで何も言えなくなってしまう。
「この頃、学校が忙しくってさ、悪いとは思ってんだ、もっと頻繁に来なけりゃいけないって。ほら、サッカーの方も、ようやくレギュラーになれたばかりだろ、だからつい…」
彼ってば、私のことなど構わずに自分の近況ばかりを一方的に話す。それも毎度のことだけど、正直言うと少しは私の話も聞いて欲しい。
私がいつもこの病室に一人ぼっちでどれくらい心細いか、彼は想像もつかないに違いない。
でも、いいんだ。私はただ彼の話を、そして彼の声を聞いているだけで、それだけで何だかほわっとさ、幸せな気分になれるんだから。
「…あの時の教授の間抜けな顔、君にも見せたかったなあ、最高に傑作だったんだぜ…」
彼は話上手だ。私なんかが、話の腰を折ってしまうのが勿体なく思えるくらいに。
「ああ、ゴメン。また俺が一方的に話しちゃって。退屈、だった?」
そんなことないよ、そう言おうとしたけれど、私は結局何も言えずに、黙って下を向いたままだった。
不意に彼が手を伸ばしてきて、私の髪に、入院生活が長引いてぱさぱさになってしまった私の髪に、そっと触れた。
「君のこと、忘れる日なんてないから。気がつくと、いつも君のことばかり考えてる」
そのまま彼は私の頬をやさしく撫でた。私は彼の手がとても好きだった。私と違って彼の手はとても暖かい。
「あ、もうこんな時間だ、やばい、バイトに遅れる!」
そう言って彼は勢いよく立ち上がった。私は内心の失望を表に出すまいと努める。
病室のドアのところで、彼が振り返って不器用にウインクしてみせた。
「また、来るから」
ウインクを返そうとしたのだけれど、今の私にはなぜか以前のようには上手くそれが出来ない。
バタン、と彼は乱暴にドアを閉めたが、立て付けが悪いせいか、ドアは完全には閉まり切らなかった。
ギギィーという気味の悪い音を立てて、半開きの状態になった。
彼が帰ってしまったばかりの、この瞬間が嫌いだった。もう来てくれないんじゃないかと思うと、気が狂いそうになる。
この病室に連れてこられたときは、私は家に帰りたくて帰りたくて仕方なかった。だが今となってはそれももうどうでもいいことだった。彼が時々こうしてやってきてくれるだけで、私にはそれだけで十分満足だった。
そう、それだけで…。
突然、ドアの隙間から、ひゅうと風が吹きこんで私の体を強く揺らした。
からからと、何かが乾いた音を立てた。
私は、医者もいない、看護婦もいない、この朽ち果てた廃病院の、奥まった病室のベッドの上で、彼がお見舞いに来てくれるのを待ち続けている。
ずっと、ずっと。
end
もうこれ以上暑いのは勘弁!!と仰るあなたに、少しだけ涼しくなれるショートショートを贈ります。
タイトルはそのものズバリ『お見舞い』です。
では白文字を反転させてお読みください。
ps.怖いのが苦手という方は読まないでください。トラウマになるまで怖いということはないと思うけど。マリーコさん、りぼんさんは読んじゃダメです。逆にEさんや小夏さんには読んでほしいなぁ、、、って特定の名前を出すのもなんですが。笑。
『お見舞い』
ずいぶんと久しぶりに彼が病室にやってきてくれた。
「顔色、だいぶ良くなったみたいだ」
本当に久しぶりだというのに、悪びれる様子も特になく、彼はいつもの人なつっこい笑みを私に向けた。
ああ、ダメだ、私ったら、次に彼がやってきたら、言いたいことがたくさんあったっていうのに、シナリオだっていくつも頭の中で作っていたっていうのに、この笑顔のせいで何も言えなくなってしまう。
「この頃、学校が忙しくってさ、悪いとは思ってんだ、もっと頻繁に来なけりゃいけないって。ほら、サッカーの方も、ようやくレギュラーになれたばかりだろ、だからつい…」
彼ってば、私のことなど構わずに自分の近況ばかりを一方的に話す。それも毎度のことだけど、正直言うと少しは私の話も聞いて欲しい。
私がいつもこの病室に一人ぼっちでどれくらい心細いか、彼は想像もつかないに違いない。
でも、いいんだ。私はただ彼の話を、そして彼の声を聞いているだけで、それだけで何だかほわっとさ、幸せな気分になれるんだから。
「…あの時の教授の間抜けな顔、君にも見せたかったなあ、最高に傑作だったんだぜ…」
彼は話上手だ。私なんかが、話の腰を折ってしまうのが勿体なく思えるくらいに。
「ああ、ゴメン。また俺が一方的に話しちゃって。退屈、だった?」
そんなことないよ、そう言おうとしたけれど、私は結局何も言えずに、黙って下を向いたままだった。
不意に彼が手を伸ばしてきて、私の髪に、入院生活が長引いてぱさぱさになってしまった私の髪に、そっと触れた。
「君のこと、忘れる日なんてないから。気がつくと、いつも君のことばかり考えてる」
そのまま彼は私の頬をやさしく撫でた。私は彼の手がとても好きだった。私と違って彼の手はとても暖かい。
「あ、もうこんな時間だ、やばい、バイトに遅れる!」
そう言って彼は勢いよく立ち上がった。私は内心の失望を表に出すまいと努める。
病室のドアのところで、彼が振り返って不器用にウインクしてみせた。
「また、来るから」
ウインクを返そうとしたのだけれど、今の私にはなぜか以前のようには上手くそれが出来ない。
バタン、と彼は乱暴にドアを閉めたが、立て付けが悪いせいか、ドアは完全には閉まり切らなかった。
ギギィーという気味の悪い音を立てて、半開きの状態になった。
彼が帰ってしまったばかりの、この瞬間が嫌いだった。もう来てくれないんじゃないかと思うと、気が狂いそうになる。
この病室に連れてこられたときは、私は家に帰りたくて帰りたくて仕方なかった。だが今となってはそれももうどうでもいいことだった。彼が時々こうしてやってきてくれるだけで、私にはそれだけで十分満足だった。
そう、それだけで…。
突然、ドアの隙間から、ひゅうと風が吹きこんで私の体を強く揺らした。
からからと、何かが乾いた音を立てた。
私は、医者もいない、看護婦もいない、この朽ち果てた廃病院の、奥まった病室のベッドの上で、彼がお見舞いに来てくれるのを待ち続けている。
ずっと、ずっと。
end