この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

佐世保に行ってきました。その1。

2019-01-26 22:54:10 | 旅行
 1月26、27日にお袋と佐世保に行ってきました。
 元々は一昨年だったかな、お袋が正月ぐらいはゆっくりしたいねぇって言ってたんですよ。
 それじゃ以前立ち寄り湯で寄った佐世保の宿泊施設が良かったので、お正月はそこに行こうかということになりました。
 が、予約が取れず断念。
 当たり前ですが、お正月には誰もが良い宿泊施設に行きたがるものなんですね。
 それで去年リベンジとばかりに予約開始日に電話をしたのですが、再び予約合戦に敗れました。

 そこで発想を変えることにしました。
 正月はどうも予約が取れないっぽい、、、だったらお袋の誕生日である1月31日に近い週末に行ってはどうだろうか、って。

 今度は無事予約することが出来ました。
 その宿泊施設というのが佐世保の世知原にある【天空の宿 山暖簾】です。
 というわけで、今回の旅行のメインはこの山暖簾に泊まることなのですが、せっかく佐世保に行って宿に泊まるだけというのも勿体ないので、一日目に佐世保市内を観光し、二日目にハウステンボスに行くことにしました。

 家を出たのが8時半ぐらいだったかな。
 高速道を走っていると雪が降ってきて、う~む、自分の晴れ男の伝説もこれで終焉を迎えるのかぁ、なんて思っちゃいました。
 一時間後、最初の目的地である【三河内焼産業会館(三河内焼美術館)】到着しました。


   

 ここに行くことにしたのはお袋が陶器の類いが好きだったからなのですが、正直パッとしなかったかなぁ。
 似たような施設としては有田にある【九州陶磁文化館】の方がからくりオルゴール時計があったり、コレクションが充実していて見所が多かったです。
 まぁ三河内焼と有田焼ではネームバリューが違いすぎるから仕方ないのかもしれません(受付の方曰く「三河内焼は決して有田焼にその歴史で劣るものではない」とのことでしたが…)。

 その次にハウステンボス近くにある【無窮洞】に行きました。
 といってもハウステンボスに行った人でも無窮洞のことを知っている人は少ないのではないでしょうか。
 無窮洞は戦時中に掘られた防空壕です。
 当時、どれぐらいの防空壕が掘られたのか、そして現在の日本にどれぐらい残っているのか、寡聞にして知りません。
 この無窮洞が他の防空壕と違うのは、学童の手によって掘られたということでしょう。
 当時の小学校四年以上の男児がつるはしで掘り、女児がノミで仕上げたそうです。


   

 学童の手による防空壕と聞くと何だかチャチなものを想像しがちですが、これがとてつもなく巨大で見事なのです。
 壕内では荘厳ささえ感じました。


   

   

 無窮洞、佐世保に行くことがあったら是非立ち寄られてください。それも出来るだけ早く。
 というのも無窮洞にはボランティアのガイドさんがいらっしゃるのですが、そのガイドさんというのが実際当時無窮洞を掘られた方なのです。
 70年以上前に防空壕を掘ったのですから、当然高齢です。耳も遠いようで、こちらからの質問にも答えてくれたり、くれなかったりします。
 でもそういった方から直接話を聴けるというのはとても貴重なことだと思います。
 ハウステンボスに行く前に時間を作って是非寄ってみてください。


                                        続く。
コメント
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