この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

微妙に地味だった『ミスター・ガラス』。

2019-01-19 20:22:53 | 新作映画
 M・ナイト・シャマラン監督、ブルース・ウィリス主演、『ミスター・ガラス』、1/19、ユナイテッド・シネマキャナルシティ13にて鑑賞。2019年1本目。


 その年、一番最初に何の映画を観るかは映画好きにとって非常に重要な意味を持つと思うんですよね。
 『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を正月に観たときはろくな年にならなかったですし、、、まぁろくな年じゃないのは毎年のような気もしないではないですが、果たして。

 本作を観ると『アンブレイカブル』がよく出来たヒーロー誕生譚だったんだなってことがわかります。
 ここで重要なのは“よく出来た”ってところじゃなくて“ヒーロー”ってところですね。“スーパーヒーロー”ではないってこと。
 ブルース・ウィリス演じるデヴィッドも、ジェームズ・マカヴォイ演じるビーストも、戦闘に特化した能力は「怪力である」ってことだけですからね。
 空を飛べるわけでもなければ、時空を捻じ曲げられるわけでもない、ただ「怪力である」だけ。
 その「怪力である」ことにしてもハルクのような規格外の怪力ではなく、何ならYouTubeでも見かけそうな力自慢並みの怪力なんですよ。
 その二人が真正面からぶつかっても、すっごく地味。ビーストなんてそれこそ獣のような咆哮を上げ、四つ足歩行までしちゃうんですけど、最終的にやることと言えばベアハックルなのでやっぱり地味なことこの上ない。

 途中で、「最終決戦の地はオオサカタワーで!!」みたいなフリがあるので、そうか、今見ている地味な戦いも最終決戦を盛り上げるための前振りなのか、と思わせて、最終決戦そのものがないという予想外の展開だったりして、いや、その展開の予想外さはいらんやろ!と思いつつも、そのすかしっぷりがシャマランらしいなと納得しないでもないです。

 まぁ何だかんだ言って嫌いな作品ではないです。
 すべての希望が消え去った、絶望しかない、と思わせて、まだ希望はあるんだよ、というような「パンドラの箱」的な終わり方も嫌いじゃないです。
 出来ればもう少し希望の存在をはっきりと見せて欲しかったけど、それはまぁ好みの問題なのでしょう。
 
 ただ、残念ながら続編は望めないでしょうね。
 アメリカ本国でも大コケしたようだし、日本でも爆発的ヒットしている感じはないですし(そもそも公開館が少ないですよね? )。
 たぶん、シャマランの頭の中では巨大な、何なら『エアベンダー』の世界にまで繋がっているシャマランワールドが構築されてるんだろうなとは思うんですよ。本作はそういう終わり方だったので。
 そんなシャマランワールドをこの目で見ることが出来ないことを残念に思います、、、いや、それほど残念でもないですけど(おぃ) 。

 今年は本当にどんな年になるんでしょうね…。

 
 お気に入り度★★★、お薦め度★★(★は五つで満点、☆は★の半分)です。
コメント
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