団塊の世代の世間話

60年を生きてきた思いを綴った「ゼロマイナス1 団塊の世代の世間話」を上梓し、その延長でブログを発信。

平成の終わりに思う

2019-04-24 11:31:08 | Weblog
 あと1週間で令和の時代になる。いまは平成の時代はなんであったか、と識者があれこれと語っている。多くは、どうして日本経済はここまでだめになったのか、という論点が目立つ。
 実感的には、欧米社会を範として、近づけ追い越せ、と一生懸命に働いた結果、ジャパンアズナンバーワンといわれるまでに成長した。
 しかし、その発展は日本経済のガラパゴス的成長だった。労働人口の多さ、年功序列の会社、働き過ぎ、と当時の美徳によってスケールアップした。しかし、気がついたら、バブル経済の崩壊、グローバル化の乗り遅れなどによって、経済はどんどん疲弊していった。来るべきガラパゴスの限界だった。
 それが平成の時代だった。グローバル化できなかったのも、日本の特殊性に起因している。多言語に習熟していない弱点が、世界の潮流から遅れることになった。
 経済人や学界人らも、国際社会に出て英語で丁々発止できる人は多くはなかった。しかし、世の中を変え得る学説の多くは英語で発表され、議論が戦わされ続けた。日本人がそこに関われなかったから、世界の先端技術の動きに乗り遅れてしまったわけだ。
 世界はITの時代に入っており、パソコンからネットへと進化していくが、日本企業がイニシアティブをとることはなかった。これが平成の20年ぐらいまでではないだろうか。
 ガラパゴス的に発展を遂げた自動車産業や家電、光学技術などは、その品質の高さから世界で通用し続けた。ただ中国などの国にコストで負けるようになり、見合わない産業は縮小を余儀なくされてきた。これがここ10年ぐらいの動きであろうか。
 確かに経済的には当たり前の国になってしまったが、相変わらず暮らしやすい国であることに変わりはなく、国民が幸福を享受できる社会が維持されるなら、そんな日本もいいのではないか、と思っている。
 令和になって、ひとつの区切りとなるが、平成から抱えた問題はそのまま持ち越される。最大の問題は少子化になるのだろうが、人々がこの国に生きていて良かった、と思える社会をどう継続していくか。そのための政治であってほしい。
 私は団塊の世代で、これから高齢化の元凶になる予定だ。できれば早く迎えが来てほしいものだが、こればかりは望むようになりそうもない。せめて人に迷惑をかけない生き方をできれば、と願っている。
 
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