図書館でリサイクル本を貰ってきた。
図書館には不要になった本を貰えるコーナーがあり、
そこに「森茉莉」の本が在ったのです。

森茉莉は森鴎外と2番目の奥さんの長女として生まれた。
父、森鴎外に溺愛され、若くして結婚。夫に付いて欧州で生活、
2人の子供をもうけるも女遊びがひどかったダンナ(小林珠樹)と
離婚。その後再婚して仙台に住まうが、仙台には
「銀座も三越もない」と嘆き1年足らずで離縁された。
お嬢様育ちである為か生活能力がなく50代から書き始めた
「本」が認められた。とある。この本は森茉莉のエッセイや
対談集を編集したものでなかなか面白い。

森茉莉さん独り身になって世田谷代沢に住んでいたとの事。
同じ頃?私の亡くなった姉も下北沢に住んでいた。
私はちょこちょこ下北沢へ遊びにいきました。
茉莉さんも下北沢の駅を利用していたのでしょうか。
代沢?を歩く森茉莉さんの普段着スタイル↓中年の頃の
ものでしょうか。カーデガンに下駄履き。若い頃とはいえ
パリで生活していた方とは思えない程、服装に頓着しない方だった?

街中ですれ違ってもこのスタイルでは誰も森茉莉とは
思わないような普通のおばさんという感じです。
が、若い頃(12歳)はこんなにきれいでした。
育ちの良さが滲みでている。

赤坂迎賓館が好きだったという晩年の森茉莉↓
フランスベルサイユ宮殿を思い出していたのでしょう。父、森鴎外↓

1987年、森茉莉、心不全により永眠。享年85才。
死後2日の孤独死でした。
森茉莉のいう『贅沢貧乏」とはいくら金持ちぶっても
態度人柄(本当の金持ちか)分かってしまう。
とエッセイに書いている。貧乏だけど贅沢な心を
持った人間を「贅沢貧乏」というそうだ。
我家もそうありたい。
図書館には不要になった本を貰えるコーナーがあり、
そこに「森茉莉」の本が在ったのです。

森茉莉は森鴎外と2番目の奥さんの長女として生まれた。
父、森鴎外に溺愛され、若くして結婚。夫に付いて欧州で生活、
2人の子供をもうけるも女遊びがひどかったダンナ(小林珠樹)と
離婚。その後再婚して仙台に住まうが、仙台には
「銀座も三越もない」と嘆き1年足らずで離縁された。
お嬢様育ちである為か生活能力がなく50代から書き始めた
「本」が認められた。とある。この本は森茉莉のエッセイや
対談集を編集したものでなかなか面白い。

森茉莉さん独り身になって世田谷代沢に住んでいたとの事。
同じ頃?私の亡くなった姉も下北沢に住んでいた。
私はちょこちょこ下北沢へ遊びにいきました。
茉莉さんも下北沢の駅を利用していたのでしょうか。
代沢?を歩く森茉莉さんの普段着スタイル↓中年の頃の
ものでしょうか。カーデガンに下駄履き。若い頃とはいえ
パリで生活していた方とは思えない程、服装に頓着しない方だった?

街中ですれ違ってもこのスタイルでは誰も森茉莉とは
思わないような普通のおばさんという感じです。
が、若い頃(12歳)はこんなにきれいでした。
育ちの良さが滲みでている。

赤坂迎賓館が好きだったという晩年の森茉莉↓
フランスベルサイユ宮殿を思い出していたのでしょう。父、森鴎外↓


1987年、森茉莉、心不全により永眠。享年85才。
死後2日の孤独死でした。
森茉莉のいう『贅沢貧乏」とはいくら金持ちぶっても
態度人柄(本当の金持ちか)分かってしまう。
とエッセイに書いている。貧乏だけど贅沢な心を
持った人間を「贅沢貧乏」というそうだ。
我家もそうありたい。
お嬢様育ちで生活力が無く当時の花森安治に助けられたようです。
その後、物書きになり、一人住まいしていた代沢のアパルトマンは
散らかり放題だったので、いきつけの喫茶店、「邪宗門」を書斎代わりに
していたようです。お嬢様だったためか家事は苦手だったようです。
文章のあちこちに上から目線の感じが見え隠れするのは昔の自分の
育ちの良さを感じていたからなのでしょう。それを今成金(生粋の金持ちではない人間)
の批判として書いたのだと思います。
喫茶店、「邪宗門」今でもあるのでしょうか?行ってみたいです。