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(BL小説)風のゆくえには~嘘の嘘の、嘘 12-3(浩介視点)

2016年12月20日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 嘘の嘘の、嘘


 痛みがひどい。何をしていても痛くて痛くてたまらない。
 けれども、このくらいの痛みが自分を罰するのにちょうどよい気がして、様子を聞いてくれた看護婦さんにも本当のことを言えずにいた。

『今のままでいい』

 そう言った辛そうな高瀬君の顔が浮かんでは消える。何もできない自分が情けなくてしょうがない……


**

 面会時間開始の14時と同時にあかねがお見舞いにきてくれた。

「今にも死にそうな顔してる」
 平気な顔をしているつもりがあっさりと見破られてしまった。この人は昔から何でもお見通しなのだ。

「あかねだったら、どうする?」
 あかねも中学校教師をしているので、そういった面からも意見を聞いてみたかった。すべてを話すわけにはいかないので、ところどころぼやかしながら話してみる。

 友達に恋してしまった男子生徒。同性である自分は受け入れてもらえないから、告白することもできない。告白したら友達を苦しめてしまう、という……

「おれホント、対人スキルないからさ……」
 話し終わってから、自虐的にいってみると、あかねは、ふっと笑った。

「今の話に必要なのは、対人スキルじゃなくて、恋愛スキルでしょ」
「……………。確かに」

 どうせおれは、恋愛スキルもないですよ……

 落ち込むおれを置いて、あかねは「うーん」と唸ると、

「そうだなあ……私だったら……」
「うん」
「ギリギリの線でモーションかけまくって、相手から告白してもらえるように頑張れって言う」
「……………………」

 あくまで真面目な顔のあかねさん……

「………それ、自分の生徒にも言う?」
「言う言う」

 コクコクと肯くあかね……

「できないできないってウジウジしてるの一番嫌いなのよね。だったら、出来る限りの最善の方法を実行しろっての」
「…………」
「こっちから告白したら、受け入れてもらえなかったときのダメージが大きいって話でしょ? だったら受け入れてもらえるように頑張ればいいじゃないの」
「でも………」

 それでダメだったら……

「だから、ギリギリのラインで、なのよ。冗談で引き返せるくらいにしておけば、少なくとも友達はやめないですむ」
「…………」
「ガンガン攻めてダメだったらそのうち諦めもつくわよ」
「それは……」

 実体験、ですか?

 聞くと、あかねはケロリとしていった。

「あいにくガンガン攻めて落とせなかったことがないので、諦めがつくかどうかは想像でしかございません」
「想像って!……っ痛ってええ……」

 思わず叫んだら胸にとんでもない痛みが走って息切れしてしまう……

「ちょっと、大丈夫?」
「………大丈夫じゃない」

 あー……あかねに相談したのが間違えだった……

 いうと、あかねは「なんでよ!失礼ね!」とひとしきり怒ってから、ふいに真面目な顔になった。

「でも、一つ言えることは……」
「うん」
「あんたがそこまで心配する必要はないってこと」
「…………」
「もう、高校生なのよ? 自分のことは自分で解決するわよ」
「…………」

 確かにそうなんだけど……ほんの少しでも手助けをしてあげたい、と思うのは、おれの自己満足でしかないんだろうか……


**


 19時過ぎ、今度は慶がお見舞いにきてくれた。
 これから数日はこられなくなるけれど、退院の時は絶対に付き添うから必ず連絡しろ、と有り難いことを言ってくれる。

「慶……職場の人に何て言ってるの?」
「普通に、友達が入院したって言ってるぞ?」
「………。それでよく昨日休みもらえたね」
「あー……」

 慶は言いにくそうに頬をかくと、

「あかねさんから連絡もらった時、おれ動揺しまくってさ。相当挙動不審だったらしくて……」
「え……」

 いつもわりと冷静な慶が……

「だから、友達って言ってるけど、誰も信じてない、らしい」
「………」
「吉村とか、相手は誰だってウルセーウルセー。お前に関係ねーだろっての」
「………」

 吉村というのは、慶と同じ研修医の女の子で、慶のことを狙ってる子だ。慶、関係ねーとか言ってる。嬉しい。

「今の慶はおれのこと好きって分かりやすいよね」
「は?」

 思わず言うと、盛大に顔をしかめられた。

「何言ってんだお前?」
「え、だって、好きでしょ?」
「……………」

 なんだそりゃ、と繋いでいた手をぎゅっと強く掴まれる。ホント慶って「好き」って言ってくれない。でも、「好き」って分かる。

「このくらい分かりやすかったら、告白しやすかったのになあ……」
「だからなんなんだよ?」

 これでもか、と眉間にシワを寄せた慶に、昼間あかねにしたのと同じ話をする。

 告白したら友達を苦しめてしまう……と言う男子生徒の話。

「おれ、高2の冬に慶に告白したとき、そんなこと全然考えなかったな、と思って」
「…………」
「ただ一方的に、自分の気持ちがおさえられなくて告白したって感じ。それで慶が迷惑するなんて考えもしなかった気がする」

 結果的に両想いだったから、大丈夫だったわけだけど……

「慶はそういうこと考えてずっと告白しないで片思い続けてくれてたの?」
「…………」

 慶は、すぐに「いや」と首を横にふった。

「おれはそんな図々しい事は考えなかったな」
「へ?」

 ず、図々しい……?

「図々しいって?」
「…………おれはさ」

 慶はベッド脇の椅子から立ち上がり、おれの横にとん、と腰かけた。

「告白なんかしたら、気味悪がられて、蔑まれて、それでおしまいだと思ってた」
「…………」
「それがこわくて告白できなかった」
「慶………」

 今度はおれが繋いだ手に力を入れると、慶はフワリと笑って言った。

「その子………苦しむって思うってことは、相手が友達続けようとしてくれるに違いないって信じてるってことだよな」
「あ………」

 そういえば、そうだ……

「ホントだ。そうだね……」
「よっぽど仲良いんだろうな」
「………おれ達も仲良かったよ?」

 むっとして言うと、慶はちょっと笑って軽くキスをしてくれた。


 高2の時のおれは、自分のことに必死で……嫉妬と欲情で気が狂いそうになっていた。あの時、南ちゃんが背中を押してくれなかったら、どうしていただろう。
 高瀬君のように他の女性に逃げた……ってことだけはなさそうだけど……

「なんとかしてあげたいなあ……」

 慶が帰った後の、静まりかえった病室の中で一人つぶやく。でも、打開策が浮かぶわけもなく……

「ダメだなあ、おれ……」

 自分のダメさ加減にガッカリしていたわけだけれども……


 まさか、これから約一ヶ月半後に、

「先生ありがとう」

 いつもはクールな高瀬君が、恥ずかしそうに頬を赤らめながら、少し幼くみえる笑顔でお礼を言ってくれるなんて、この時は夢にも思わなかった。



----

お読みくださりありがとうございました!
作中2001年のため、まだ「看護婦」さんです。

浩介さん、「このくらい分かりやすかったら、告白しやすかったのに」なんて言ってますが、慶は当時から充分わかりやすかったです。恋愛スキルがなくて気がつかなかっただけですな。

次回は侑奈視点。明後日更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします!

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(BL小説)風のゆくえには~嘘の嘘の、嘘 12-2(浩介視点)

2016年12月19日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 嘘の嘘の、嘘


「おれの恋人も男だから。だから高瀬君の気持ち、わかると思うよ?」

 そう告げると……


「………………え」
 高瀬君……たっぷり1分はポカーンとした顔をした後に、

「え……それじゃ」
 眉をひそめてコソコソっと言った。

「あかね先生ってあんな美人だけど実は男なんですか? どおりで女性にしては背が高いと……」
「ち、違う違うっ」

 思いきり吹き出してしまった。あかねも聞いたら大ウケすることだろう。

「あの人は友達で、恋人のふりしてるだけだよ。お互いの利害が一致しててね」
「え………じゃあ」

 高瀬君は口に手をあて……「あ」と言った。

「渋谷さん……ですか?」
「………うん」

 体中に温かいものが広がっていく。人に話せるのってこんなに嬉しいものなんだな……。

「そういえば、高瀬君、彼のこと『恋人かと思った』って言ったことあったよね。あの時は鋭すぎてビックリしちゃったよ」
「ああ……ありましたね、そんなこと……」

 さっきまでの興奮はどこへやら、高瀬君、いつものクールさを取り戻している。

「バレバレですよ。先生のあの目……友達に向ける目じゃなかったですよ」
「あはは。だって彼、かっこよすぎて、つい」
「………かっこよすぎ……?」

 首を傾げた高瀬君。

「先生の中で渋谷さんは、かわいい、じゃなくて、かっこいい、ですか?」
「かわいいし、かっこいい。あ、でもどっちかというと、かっこいいって思う方が多いかも」
「……………」

 高瀬君は、じーっとこちらを見ていたかと思うと、言いにくそうに切り出した。

「あの……こういうこと聞いていいのかわかんないんですけど」
「うん」
「さっき、先生がしきりと、身長は関係ないって言ってたのって、ご自分達のことですか?」
「え」

 それは……

「先生達って……先生が抱かれる側ってこと?」
「…………」
「やっぱり……渋谷さん?」
「…………」

 おれ達は、はじめは両方しようとしたんだけど、諸々で結局慶がされる側に定着した。
 慶はおれよりも身長が13センチ低い。もし、ここで、慶が抱かれる側だと言ったら、高瀬君はやはり背が大きいとダメなんだ、と思いこんでしまうだろう。だったら……

「えーと……うちは、両方なんだよ」
「え?!」

 言うと、高瀬君はものすごくビックリした顔をした。

「そんなことってあるんですか?」
「あるよ。その時の気分とか雰囲気とかでどっちがするってなる」
「わ……そうなんだ」

 へえ……そっかあ……そういうのも有りなんだ……と、感心したような高瀬君の様子にちょっとホッとする。嘘も方便、だ。

「うん。だから、身長差って関係ないよ?」
「でも………」

 大きくため息をついた高瀬君。

「それ以前の問題……。彼、女の子好きだし。合コン行くって張り切ってるし」
「そういう高瀬君には相澤さんって彼女がいるよね?」
「ああ……」

 高瀬君の目がふっと優しいものになった。

「彼女は知ってるんです。オレの気持ち。それでもいいって言ってくれてて……」
「それは……」

 思わず本音が出てしまう。

「それは相澤さん、キツイだろうね……」
「…………」

 高瀬君、黙ってしまった………
 自覚はしてるのだろう。自分がどんなに甘えたことをしているのか………

「でも……」
 高瀬君は、苦しそうにつぶやいた。

「でも……どうしようもなくて」
「どうしようもない?」
「このままじゃ、自分が何しでかすか分からなくて」
「………………」

 覚えてる。その感情……。
 男である自分は受け入れられるはずはない、と苦しんで………それで………

 あの時の感覚がよみがえってくる。この思いを告げたら友達でいられなくなる、という恐怖……。でも、一緒にいたくて……抱きしめたくて、キス、したくて……。

 ふいに、脳内で再生される南ちゃんの声……

『思いっていうのは、言葉にしないと伝わらないよ。ちゃんと言葉にしないと』
「え」

 高瀬君にキョトンと聞き返され、はっとする。声にでてしまっていたらしい。

「あの………、高校生のとき、彼の妹さんに言われたんだよ。ちゃんと伝えろって」
「でも……」
「言って、嫌われたらどうしよう?って思うよね」
「…………」

 南ちゃんは、こうも言った。

『そんなことで嫌われるような関係じゃないでしょ? 二人の絆ってそんなもん?』
「…………」

 高瀬君は息をつめたような顔をしている。

「それで……先生……告白、したんですか?」
「うん。そうしたら、彼も一年以上も前からおれのこと好きでいてくれてたって知って……」

 あの時の慶の泣き顔……抱きしめた温かさ……一生忘れない……
 そのまま幸福な思い出に浸りそうになってしまったのだけれども………

「…………結果論ですよ」
「え」

 高瀬君の妙に冷めた声で我に返った。

「それは先生達が上手くいったから言える話で……」
「………………」
「常識的に考えて、そんな告白が上手くいく可能性なんてひとかけらもない」

「………。じゃあ、どうするの?」

 高瀬君を正面から見つめる。

「その思い、ずっと抱えつづけるの? このまま相澤さんに甘え続けるの?」
「………でも」

 高瀬君は挑むように見返してきた。

「思いを告げたら、オレは気が済むかもしれないけど、今度は彼が苦しむことになる」
「!」

 はっとする。

「それは……」

 言葉が出てこない…… 

 おれは、やはり人間関係を構築するスキルが著しく欠けているのだろう。

 今、高瀬君の暗い目と、彼の捌け口になっている相澤侑奈を救うことしか考えられていなかった。

 高瀬君が泉君に思いを打ち明ける……それは、二人が傷つき苦しむ結果に繋がる可能性があることなんだ………

 考えてみれば、あの時、南ちゃんは、慶がおれのことを好きだと知っていたから、あそこまではっきりと告白を勧めてくれたのだろう。

 あの明るい泉君なら、高瀬君を受け入れて親友を続けてくれるんじゃないか、と心のどこかで思っていたところもあるけれど……
 泉君の気持ちが分からないのに、迂闊に告白なんて勧めるべきじゃない……


「今のままでいい」
 高瀬君は自分に言い聞かせるようにいう。

「侑奈も、いいって言ってくれた」
「高瀬君……」

 でも、高瀬君………

「今のままでいいっていうなら……なんでそんなに苦しそうなの?」
「……………」

 高瀬君は下を向いてしまい……
 見回りの看護婦さんに注意されるまで、おれ達はずっと無言のまま、夜の静けさの音を聞いていた。



----

お読みくださりありがとうございました!

浩介先生撃沈の回でございました。
でも最後、諒はいつも「相澤」っていうのに、つい素が出て「侑奈」と言ってるのは大進歩。
ちなみに作中2001年のため、まだ「看護婦」さんです。

で、ここで終わるのはあまりにも浩介が救いようがない気がして、
あかねさんと慶君に登場願って続きを書いていたのですが、
二人とも言いたいことがたくさんあるらしく長くなってきたので
やっぱりここで一度切って……できれば明日(できるかな?!)更新させていただきます。

「告白することで相手を苦しめる」の件についてです。
あかねさんと慶君に意見を聞いたところ、二人とも色々言ってて……
あかねはあいかわらず前向き。慶は意外に後ろ向き。
そんな話をグダグダと……。すみません……
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(BL小説)風のゆくえには~嘘の嘘の、嘘 12-1(浩介視点)

2016年12月17日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 嘘の嘘の、嘘


 仲良し3人組、侑奈と高瀬君と泉君の間がギクシャクしている、ということには気がついていた。
 でも日に日に、侑奈と泉君は一枚皮が剥けたような印象になっていき、高瀬君だけが取り残されたように沈んだままで………
 心配で何度か声はかけていたけれど、不安定さは変わらず、どうしたものかと思っていた矢先のことだった。


 文化祭から約一ヶ月後。

 バスケ部の試合終了後、会場を出たところで、真っ青な顔をした高瀬君が、人波に逆らって駅とは反対方向に進んで行くのが目に入った。

 嫌な予感がして咄嗟に追いかけていき……

「高瀬君!」

 軽自動車の前に飛び出した彼の腕を掴んで引っ張って………

 それで………

「…………どうしたんだっけ?」

 ぼんやりする頭で思い出そうとしたところ、

「浩介っ」
「…………あれ?」

 大好きな声がすぐ近くでする。そして目の前に、愛しい愛しい、湖のような瞳が……

「………慶?」
「……………………浩介」

 温かい手がグリグリグリと頬を撫でてくれる。
 白い部屋……病院のベッドだ。
 ああ、そうか。おれ、あの軽自動車にぶつかって、それで、肋骨が何本か折れてるとか言われたんだっけ……

「ばか。お前ばか。ばか」

 涙目の慶………。心配してくれたんだ……

「…………慶、仕事は?」
「んなのどうでもいい」
「………………」

 仕事よりおれを優先してくれたの?

 思わず聞くと、

「当たり前だろ。ばか」

 慶は泣きそうな顔で言って、優しく優しく唇を重ねてくれた。


***


 文化祭で騒ぎを起こして以来、おれの母も全教職員の間で『丸注保護者』と認定された。

 うちの学校では、問題のある親のことを『丸注保護者』と密かに名付けていて、子供の特性その他と一緒に、教職員の間で情報を共有することにしている。

 元々、おれの母は時々学校に電話をかけてくるので、母が普通でないことを知っている人はいた。でも、今回の件で全員に知れ渡ってしまい、正式に『丸注』入りしたのだ。
 教師のくせに、成人した大人のくせに、親が『丸注』って……ああ、吐き気がする……


「命に別状はないってことだったので、ご実家ではなく、あかね先生に連絡したんですけど、良かったですよね?」

 救急車を呼んでくれ、病院まで付き添ってくれた、もう一人のバスケ部顧問の早苗先生に淡々と言われた。あかね先生、というのは、おれの友人の一之瀬あかねのことで、おれの彼女ということになっている。

「はい。ありがとうございます……」

 丸注であるおれの母には連絡しないという判断をしてくれた早苗先生。なんて気が利くんだ。生徒をかばって事故にあったなんて知ったら、あの母が何をしでかすか分からない………。

(それで、慶がきてくれたのか……)

 あかねから慶に連絡がいったということだ。慶は今、着替えや保険証を取りにおれのアパートに行ってくれている。あかねにはそんなこと頼めないし、頼まれてもどこに何があるかなんて知らないから困ったことだろう。こういう面でも慶がいてくれて助かった、と思う。

「あの、高瀬君は」
「高瀬君、桜井先生のおかげでガードレールに体をぶつけただけですんだんですけど……」
「ああ、良かった」

 ホッと息をつく。でも、早苗先生は難しい顔をしたままだ。

「でも、一応検査もして……」
「え?!」

 検査?! ドキッとして叫んだけれど、早苗先生は「あ、いやいや」と手を振った。

「検査の結果も異常なし、で、帰宅していいってことになったんですけどね」
「……はい」
「ご両親と連絡がつかなくて……、で、先ほどようやくついたんですけど、お二人とも今日は家に戻れないというので、念のため、今晩は入院することになりました」
「………」

 実は、高瀬君のご両親も『丸注保護者』と認定されている。連絡が全然取れないからだ。面談も出てこないため、昨年の担任は両親の勤める会社まで出向いたらしい。会ってみると好印象な母親だったらしいけれど、とにかく忙しくて時間が取れない、の一点張りで困ってしまったそうだ。

「桜井先生は、しばらく入院ですってね」
「はい。ご迷惑おかけしてすみません……」
「迷惑だなんて」

 早苗先生は軽く首を振った。

「生徒を助けたんですから。私からもお礼を言わせてください」
「…………」

 助けた……助けた、か。
 確かに肉体的には助けたかもしれない。でも……高瀬君のあの青ざめた顔が気になる。あの子を本当の意味で助けることはできないんだろうか……。


***


 その日の夜、21時過ぎのことだった。
 軽いノックのあと、扉が開き、静かに背の高い影が入ってきた。……高瀬君だ。

「………すみませんでした」

 いつものクールな感じで頭を下げた高瀬君……。

「骨、折ったって……」
「あ、うん。でも大丈夫だよ」

 痛み止めが良く効いている。

「でも何日か入院するって……」
「全然大丈夫」

 入院も悪くない。先ほども、個室なのをいいことに、面会終了時間の20時まで慶と甘々な時間を過ごせた。幸せすぎて、ちょっと後ろめたい……なんて思っていたら、

「じゃあ、先生、おやすみなさい……」
「え、待って待って」

 早々に帰ろうとする高瀬君を慌てて引きとめる。

「こんなに早く眠れないよ。ちょっと話でもしようよ」
「…………はい」

 素直にベッド横の椅子に腰かけた高瀬君。やっぱり背が高い。さっきまで慶がそこに座っていたのだけど、顔の位置が全然違う。リクライニングを起こした状態でベッドにもたれて座っているおれが見上げる感じだ。

「……なんですか?」
「あ、ごめん……」

 不躾にじろじろ見ていたので、怪訝そうに言われてしまった。

「高瀬君、背高いな、と思って。さっきまで、おれの……友達が座ってたんだけど……」
「ああ、渋谷さんですか?」
「そうそう」

 うなずくと、高瀬君はじっと考えこむような顔をしてから、

「渋谷さん、身長いくつですか?」
「164」
「へえ………いいな」

 ボソッとした声。

「オレもそのくらいがよかった」
「え、そうなの?」

 背が高くてカッコよくてモテモテの高瀬君。隣の芝生は何とやら……だろうか。

「高瀬君はご両親も背高いの?」
「ああ……そうですね。二人とも、高いです。父はオレより高い……かな」
「え!?そうなの!?」

 185センチある高瀬君より高いなんて、高瀬君の父親の年代なら余計に相当高いのではないだろうか。

「それは高い……」
「あ、いや……どうだろう……。オレの方が高いかもしれません。しばらくまともに会ってないので分からないんですけど……」
「…………そっか」
「母も……高いって思ってたけど、実はそんなに高くないのかな……」
「そう………」

 丸注保護者……息子とすら会っていないのか………

 微妙な空気が流れる……
 気まずい……

 しばらくの沈黙のあと、高瀬君はぽつりと言った。

「あの……オレの両親、昔からあまり家にいなくて……」
「…………」
「でも、お手伝いさんもいたし……、それに、隣の泉君ちのお母さんが何かと気にかけてくれて、入学準備とか、そういうのもいつも手伝ってくれたりして……」

 一度挨拶したことのある、泉君によく似た明るい女性を思い出す。高瀬君のことも自分の息子と同じに扱っていたな……

「だからオレは、親がいなくて困ったことなんて全然なくて」
「……………」
「泉君がいたから、さみしかったこともないし……」

 あれ? と思う。泉君がいたからって………侑奈は?

 高瀬君は一人言のように言葉を続ける。

「オレはこのままでよかったのに……」
「………」
「でも、変わっちゃったのは、オレだから……」

 何だろう……沈んでいく。沈んでいく……、という感じ……


「あの……高瀬君」

 なるべく何でもないことのように、言う。

「おれでよければ話、聞くよ?」
「………」
「おれにできること、何かある?」
「………」

 すいっとこちらに視線を動かした高瀬君。暗い目をしている……

「………。先生ってそういうこという人でしたっけ?」
「え」
「生徒とも学校とも一定の距離を保ってるって印象だったんですけど……ちょっと変わりました?」
「…………」

 前々から思っていたけれど、この子、大人びていて、冷静に周りをよく見ている。

「変わったというか……変わりたいって思ってる」

 正直に言うと、高瀬君は目を瞠ってから、「そっか……」と言って、何か考え込むように再び黙ってしまった。


 それから何分たっただろう……
 ふいに高瀬君が顔をあげた。

「先生、身長何センチですか?」
「え……、77だけど?」
「177……」

 3センチ高い……とつぶやいた声が聞こえた。何の話……?
 
「先生……できることある?って言ってくれたけど……」
「うん」
「あの……」
「?」

 高瀬君が、静かに立ち上がり……おれの顔の横に手をついた。

「オレのこと……抱けますか?」
「……………」

 ふざけている……わけではなさそうだ。
 目が真剣だし、手が震えている。ジッと見かえして……あらためて、キレイな顔立ちの子だな、と思う。

「抱けるっていうのは……」
「セックス、という意味です」
「…………」

 何だろう。高瀬君の真意がわからない。
 高瀬君が相澤侑奈と付き合う前までは女の子をとっかえひっかえしていた、というのは有名な話で、バスケ部内でも一度問題になったことがある。それなのに、男のおれにこういうことを言うということは、バイセクシャル、ということだろうか? でも……

『3センチ高い……』

 あれはどういう意味だ? 177センチだと3センチ高い? 174センチ?

 考えろ。考えろ、おれ……。
 この子は今、何を言おうとしている……?

「先生……」
「…………」

 すいっと、そのキレイな顔が近づいてくる。そして……唇に触れるか触れないか、というところで……止まった。

「先生……逃げないんですか?」
「………体動かない」

 ギブスで固定されているので、そんなに素早く動けるわけがない。

「あ……そっか」
 高瀬君はふっと笑って顔を離した。

「じゃ、動ける状態だったら、逃げてた?」
「そうだねえ……」

 生徒とキスをした、なんて慶に知られたら、何をされるか分からない。未遂で終わってよかった。

「そう……ですよね」
 すとん、と椅子に座り直した高瀬君は、大きく大きく息をついた。

「男とするなんて……ありえないですよね」
「………」

 そんなことはない。ありえないどころか、おれは男である慶としかしたことない。

と、本当のことを答えたものかどうか、考えあぐねていたところで、高瀬君は下を向いたまま続けた。

「しかもこんな、自分よりデカイ男なんて……」
「………」
「ありえないですよね……」

 つらそうな高瀬君の声………
 うつむいた彼を見つめながら、今までの色々な情報が頭の中を駆け巡っていく……

(男が恋人なわけねーだろ)
 そう言われて、分かってるよ、とムッとしていた横顔……

(諒は、私のことを心配してる泉のことが心配なだけでしょ)
 そう言っていた、侑奈の悲痛な叫び……

(三人でいればいいじゃん……)
 泣きそうな声……

(泉君がいたから、さみしかったこともないし……)
 微笑んだ瞳……

(3センチ高い……)
 独り言。そして、キスしようとした真剣な瞳……


 導き出される答えは、簡単だ。

(高瀬君は、泉君のことが好き)

 ただ、それだけのことだ。



「あの……高瀬君」
「………」

 うつむいたままの高瀬君。何をいってあげればいいんだろう……

「背の高さは関係ないと思うよ?」
「………あります」
「なんで?」
「あるからあるんです」

 かたくなだな……

「先生、それ以前に、男っていう時点でダメでしょ?」
「え」
「男相手にできるわけない」
「……そんなことはない」

 真面目に答えると、高瀬君が顔をあげた。冷笑が浮かんでいる。

「できないくせに」
「そんなことないよ」
「じゃ、オレのこと抱けますか?」
「あー……それはできないけど……」

 そんなことしたら本気で殺される……。そもそも慶以外の人間に対して勃つ自信もないけど……。

「ですよね? できるわけないですよね?」
「だからそれは」
「もう、いいです」

 高瀬君は頭を振った。

「オレ、自分でおかしいってわかってます」
「……おかしくないよ」
「おかしいですよ」

 絞り出すような、声……

「男なのに……抱かれたいと思ってる。彼に……彼が、抱きしめてくれたらって……」
「………」
「昔みたいに小さかったらまだ……でも、オレ、大きくなっちゃって……」
「………」

 3センチというのはやはり、泉君の身長が174センチということだ。高瀬君との差は11センチ……。

「だから、高瀬君、身長は関係ないって……」
「関係ある!」

 ばんっとベットの端を叩き、こちらを睨みつけてきた高瀬君。

「そもそも男って時点でダメだってこと、分かってる」
「そんな決めつけなくても………」
「理解あるふり、やめてくださいっ」
「ふりじゃないよ」
「だから……っ」
「高瀬君」

 ゆっくりと手をあげて制すると、高瀬君が押し黙った。
 静寂の中で、おれはハッキリと、言葉にのせた。

「おれの恋人、男だから。だからおれ、高瀬君の気持ち、わかると思うよ?」





----


お読みくださりありがとうございました!

切るつもりはなかったのですが、浩介先生、まだまだ話したいことがあるそうでして……
長くなることを気にして言いたいこと言わせてあげられないのもなんなので、ここで一端切ることにしました。
次回、このすぐ続きからになります。

ちなみに……浩介が入院した病院は、慶の勤める病院……ではありません。残念だ~~(^_^;)

ではではよろしければ明後日も、よろしくお願いいたします!


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(BL小説)風のゆくえには~嘘の嘘の、嘘 11-2(諒視点)

2016年12月15日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 嘘の嘘の、嘘

***


 文化祭の一件以来、彼は侑奈を「好き」という素振りをしなくなり、合コンや他の女子の話をするようになった。侑奈も彼に対して以前よりも更に遠慮がなくなった気がする。変わってしまった二人に少しモヤモヤする……。


 彼が侑奈のことを「好き」ではない、とわかった今、オレが侑奈を抱く理由はなくなった。

「しなくていいのかー?」
 彼に度々聞かれたけれど、毎回首を振っていた。侑奈もこの件については、何も言ってこなかった。家出騒ぎの時に喧嘩みたいになったことも原因の一つかもしれないし、日本語ボランティア教室の手伝いをはじめて忙しくて、それどころではない、ということもあるのかもしれない。

 侑奈は教室に参加している子供達と歳も近く、英語も堪能で頭も良い。それに母親がアメリカ人のハーフなので、同じハーフの子の悩みや相談にものってあげられる。すぐに頼りにされるようになり、部活のない日は毎日呼ばれているようだった。

「すっごく楽しい」
 そう嬉しそうに言う侑奈は、今までで一番輝いていると思う。

 父親の再婚も、侑奈が高校を卒業してから、ということになったそうだ。だから侑奈は高校を卒業したら一人暮らしをするつもりらしい。それはオレ達「仲良し三人組」の秘密基地からの卒業も意味していて……

「あと二年弱あるよ」

 彼も侑奈もそう言うけれど、一歩一歩と別離の時間が近づいているようで……辛い。そう思ってるのはオレだけなんだろうか……


***


 明日から一学期の期末テストがはじまる。
 いつもは侑奈の家で三人で勉強するのだけれど、侑奈がボランティア教室に行ってしまったため、彼だけがうちにくることになった。こんなことは中1の時以来だ。中1の時は我慢できなくて抱きついてしまったけれど、今回はそんなことにならないようにしなくては……

「なあ……」
「な、なに!?」

 勉強なんかまったく手につかないので、英語の教科書を読んでいるふりをしていたら、彼にあらたまった様子で話しかけられ、飛び上がってしまった……。でも彼は気がついた様子もなく、小首を傾げてきいてきた。

「お前の初めての人って、川辺先輩?」
「川辺先輩………って誰だっけ?」

 かわべ……聞いたことあるような……

「……お前なあ……」

 彼は心底呆れたようにため息をつくと、

「中学の時の女子バスケ部の先輩。オレの知る限り、お前の彼女第一号」
「ああ………」

 思い出した。なんかあれこれうるさい人だったな……

「初めてって?」
「初めては初めてだろっ童貞捨てた相手ってことだよっ」

 赤くなった彼。うわ……かわいい……

「別に言いたくなかったらいいんだけど」

 仏頂面を作ろうと頑張っている彼の様子が、たまらなく可愛すぎる。でもそれを指摘したら怒られそうなので質問に答えることにした。

「違うよ。その人じゃない」
「え、違うのか? じゃ、誰?」

 彼は言ってから「あ、いや、言いたくなかったらいいんだけど……」と再びごにょごにょと言った。
 あまり話したい話ではないけれど、この可愛すぎる彼をもっと見たいという誘惑に負けて、本当のことを言ってしまう。

「あの……中1の今ごろの時期に、2週間だけうちに来てたお手伝いさん……覚えてない?」
「あー……お前が珍しく何日か学校休んだ時の……」

 あー、いたなー……いつものおばあさんじゃなくて、わりと若めのお手伝いさんだったよな……

 彼はうんうん頷きながら言って………、はっとしたように口に手を当てた。

「え、あの人?」
「…………うん」
「うわ……っ、そうだったんだっ」

 へーへーへー!と感心したように言う彼。なぜかちょっと嬉しそう………。

「………それがどうかした?」
「いやーそっかそっかあ……あのお手伝いさんに色々教えてもらったのかーなるほどなー」
「???」

 なんだろう? 妙に上機嫌になってる……。そんな面白い話だろうか?

「なんでそんなこと……」
「いや、な」

 彼は恥ずかしそうに、はにかみながら言った。

「今度ライトが紹介してくれる人、年上なんだって」
「…………っ」

 ガンっと頭に殴られたような衝撃が走る。

「お前の初めてがそんな年上のお姉さんだって聞いたら、そういうのもアリだよなって思えてきた」
「……なにそれ」
「いや、初めてなんだから、ここは素直に教えてもらえばいいんだな~~って」
「…………」

 なにそれ、なにそれ、なにそれ………
 教えてもらう? 何を? 何をだよ……っ

「教えてもらうって、何を知りたいわけ?」
「んー……何だろう? 手順?」
「手順?」
「うん」

 コクコクとうなずく彼。

「オレさー兄ちゃんのエロ本みたりAVみたりして、妄想だけは色々してきたけど、こう実際にってなると……」
「………」

 オレと侑奈がしている隣室で、一人自慰行為をしていた彼の姿を思い出す。眉を辛そうによせて、天井を見上げて……

(……まずい)
 ズクリと体の中心が疼くのを止められず、慌てて彼から目を逸らし、英語の教科書に視線を落とす。

(落ちつけ、落ちつけ……)

 そんなオレの葛藤を知るはずもない彼が、のほほんと言葉を続けてくる。

「まー、キスまでは何とかなりそうな気はするんだけどな」
「……そう。……って、痛っ」

 素っ気なく返事をしたら、彼に頭をはたかれた。

「お前、真面目に聞けよーっ」
「聞いてるよ」
「聞いてねえだろっ適当に返事しやがってっ」
「そんなことないって。わっもうっ」

 頭をぐしゃぐしゃとかきまぜられ文句をいうと、あはははは、と彼が楽しそうに笑いだした。
 ああ、本当に、どうしよう……。その笑顔、好きで好きでたまらない。小学生の時から変わらないキラキラした目。明るい太陽みたいな人。
 ひとしきりオレの頭をぐちゃぐちゃにしたら満足したのか、彼は「でな!でな!」と話を戻してきた。

「オレが考える理想的なシチュエーションなんだけどさっ」
「うん」

 彼がそそそと座ったままオレの隣に移動してきた。

「こんな感じに……」
「………」

 両肩を掴まれ彼の方に向けさせられる。

「こう、見つめあって……」
「………」

 正面から顔をのぞかれ、血が逆流してしまう。真剣な彼の瞳……

(うわ………)

 なんとか正常心を保とうと必死なのに、彼が追い打ちをかけるように、そっとオレの頬に右手を滑らせた。温かい、手……

「目、つむって」
「!」

 左手がオレの瞼を覆う。視界が暗転する。彼のぬくもりの中に……

 彼の吐息が近づいてきて、そして……

「………っ」

 はっとして彼の手の中の瞼を動かすと、彼がすっとその手を離した。

「……なんて、スムーズにいけばいいけどな」

 苦笑したような声……
 彼は下を向いたまま、元の席に戻ると、再び問題集に取り掛かりはじめた。

「…………」

 オレも再び、英語の教科書に目を落とす。でも……何も頭に入ってこない。

 だって……だって。

(今………)

 触れた………?

(触れた……気がする)

 息がかかったのを、触れた、と感じただけ?

 でも………でも。

 彼の気まずそうな感じ……

 これは……

(…………キス、だ)

 うわ………っ

(ど、どうしよう……っ)

 嬉しすぎる……っ

 彼にとっては事故みたいなものだろうけど、でも、キスはキスだ。無かったことにされるのが嫌で確認できないけど、絶対、そう。

 オレの、ファーストキス、だ。


「………諒」
「……っ」

 オレの顔、たぶん今、真っ赤だろう。でも、それについては言及せず、彼はなぜか無表情にジーッとこちらを見てくると、

「お前、今まで何人の女とキスした? って覚えてないか……」
「あ……ううん」

 慌てて首をふる。そして、本当のことを言う。

「あの……オレ、キスしたこと、ない」
「はああ?!」

 彼は本気でビックリしたらしく、しばらく息が止まったようになっていたけれど……

「ちょっと待て。何言ってんだ? オレ散々噂聞いてきたぞ? お前が誰誰とキスしたとかなんとか……」
「あー……、オデコとかはあるけど、唇はないよ」
「…………」

 なんじゃそりゃ……と彼は呆れたように言ってから、ハッとしたように、

「え、じゃ、ユーナとも?」
「ないよ」

 している最中に、うなじや首筋、耳、目、とかにキスをすることはあっても、唇にはない。

 だって、唇は……

『唇へのキスは、本当に好きな人にだけしなさい』

 そうユミさんに教えてもらったから……。

 でもそんなこと言えずに黙っていたら、

「なんだよそれ……意味わかんねえ……」

 彼はうーんうーんと頭を抱えてから、「あー勉強しよ」と、再び問題集に目を落とした。

「…………」
 そんな彼を見て、心の中がぎゅううっと締め付けられうようになる。

(ユミさん……オレ、できたよ?)

 本当に好きな人と、キス……。

 ほんの少し触れただけなのに、愛しくて愛しくて……こんな幸せな気持ちがあるんだって感動で叫びだしたいくらいだ。

 こんな事故みたいなこと、もう二度と起こらないだろうけど……でも、この思い出があれば、この先何もなくても大丈夫……

 そんなことを、この時は思ったのに……強欲は人間の性だ。


***


 彼とキス(……オレはキスだと思ってる)をしても……ギクシャクしたのはその日だけで、翌日からはまったく普段と変わらなかった。

「合コンの心得を教えてくれよー」

 最近の「いつも」のように、そんなことを侑奈にいっている彼に、イラッとする。

(ちゃんとした「キス」を……他の女とするんだろうか)

 そう思うと……嫉妬で気が狂いそうになる。



 期末テストが終わってすぐに、バスケ部の試合があった。
 行きは部員皆で電車に乗って移動したけれど、帰りはその場で解散。オレは当然、見に来てくれていた彼と一緒に帰ろうとしたのだけれども……

「………え」

 会場の出口のところ……彼と、侑奈とライト、それに、知らない女がいる……。
 小柄で、オレ達よりも少し年上な感じ。侑奈と似た感じの、キレイな女。たぶん、彼の「タイプ」の顔……。あれが例の合コン相手の年上の女だろうか……。

(……笑ってる)
 彼がその女を見下ろして笑ってる……。

 固まってしまい、その場に立ち尽くしていて……

「……あ」
 ふいに目に入った会場のガラス戸に映る自分の姿に、今さらながら愕然とした。

(どうしてオレ……こんなになっちゃったんだろう)

 どうしてこんなに背が高くなったんだ。
 どうしてこんなに肩幅が広くなったんだ。
 どうしてこんなに手も足も長くなったんだ……

 出会った時は、オレが彼を見上げていたのに……彼もオレを見下ろして、優しく笑っていてくれたのに……

 そう、今、あの女を見下ろしている彼のように……

「諒ー!」
 オレに気が付いた彼が、手を振ってくれている。ニコニコと手を振ってくれている……けど。

(近くにいきたくない)

 一歩、一歩、と後ずさる。

 あの合コン相手の女の横に並びたくない。並んだら余計に惨めになる。
 彼に頭を撫でてもらえていた小学生の時に戻りたい。彼より小さかったオレに、彼に守ってもらっていたオレに、戻りたい……

「諒ー?」
「!」

 衝動的に回れ右をして走りだした。

 結局、彼にとって、オレは、例えキスをしても、ただの友達でしかなくて……
 彼よりもでかいオレは、抱きしめてもらえることもなくて……

「もう……ヤダ」

 もう、嫌だ。こんなオレは嫌だ。

 どうして女に生まれてこなかったんだろう。女に生まれていたら彼に抱きしめてもらえたかもしれないのに。
 柔らかくて小さな女だったら、彼もきっとオレのことを……

 そのまま前後不覚に体育館前の人混みの中を人にぶつかりながら走り続け……
 人ごみを抜けて、道路にでた……のだけれども……


 気が付いた時には、目の前に白い軽トラックが迫っていた。

「高瀬君!」
「え」

 そして、切迫した声に腕を引っ張られて………


 あとはよく、わからない。

 急ブレーキの音と、ドンって何かがぶつかる音と、悲鳴と……

「諒! 諒! 大丈夫か?!」
「諒!」

 耳元で聞こえる彼と侑奈の泣きそうな声と……

「浩介先生!」

 ライトの叫び声と……

「救急車お願いします。交通事故です。場所は〇〇体育館前……」

 早苗先生のキビキビした声と……


(ああ……温かい)

 こんな時なのに、彼がオレを抱きあげてくれてるってことに、幸せを感じながら、オレは意識を失った。




----

お読みくださりありがとうございました!

この交通事故のエピは、ずっと前から設定としてあったお話でして……ようやくかけてホッとしているというかなんというか……

今から一年半前に書いた「あいじょうのかたち」6で、
慶が浩介に言う「もう絶対にやめてくれ」「誰かをかばって怪我、とかそういうの」というセリフは、この話のことなのでした。……って、自己満足~~^^;

慶は小さいことがコンプレックスですが、諒君は大きいことがコンプレックスです。
ええ、ええ。そうなんです。諒は泉に「抱かれたい」のですっっ!
あんだけ女とやりまくってたくせにね^^;
1でも言ってましたが、諒は泉が自分より大きくなってくれることを今か今かと待ち望んでいます。別に背は関係ないのにな~~(^_^;)

次回は浩介視点。どうぞよろしくお願いいたします!

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(BL小説)風のゆくえには~嘘の嘘の、嘘 11-1(諒視点)

2016年12月13日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 嘘の嘘の、嘘


「誕生日、何が欲しい?」

 侑奈が言うと、彼はなんだか難しい顔をしてうんうん唸ったあげく、

「身長がほしい」

と、真面目な顔をして言った。彼は4月の身体測定で、身長174センチだった。それから約3ケ月。また伸びた気はするけど……。

「泉、今でもクラスで背高いほうなのに、まだ伸びたいの?」
 可愛らしく小首をかしげた侑奈に、彼はコックリとうなずいた。

「あと最低でも12センチは」

 オレよりも1センチは高くなりたいってことか。出会ったころはオレの方が背が低かったせいか、彼はそのことをすごく気にしている。

「じゃあ、牛乳でもプレゼントする?」
「飲むヨーグルトの方が伸びるって噂きいたんだけど」
「そうなんだ? でもそれ、飲み過ぎると横にも増えそうだよね」
「あー……そっかあ……」

 彼と侑奈、こうしていると以前と全然変わらないような気もする。でも……違う。

「あ、私、今日ボランティアだからこのまま乗ってく」
「テスト前日なのに余裕だなー。あ、ライトに会ったら、テスト終わったらメールするって言っといて」
「わかった」

 侑奈を残し、彼とオレだけ乗換の駅で降りる。

「じゃーなー」
「また明日」

 手を振る侑奈は相変わらずの美少女………最近さらに透明感を増したというか……


「あー明日の英語、ユーナに教えてもらおうと思ってたのになあ……」
「……………」

 侑奈の乗った電車を見送りながらボソッと言った彼に、「うちで一緒に勉強しよう」と誘いたいけれど……誘えない。中1の時みたいに、我慢できなくて抱きしめてしまったりしたら……と思うと、怖くて……と、沈んでいたら、

「諒」
「うわっ」

 いきなり脇腹を掴まれ、必要以上に仰け反ってしまった。不思議そうにこちらを見返した彼。

「んなビックリしなくても……」
「ビックリするよ……」

 彼は知らない。そばにいるだけで、少しでも触れられるだけで、オレの体がどんなに熱くなるのか、どんなに苦しくなるのか……

 でも、彼は気にした様子もなくケロリと言った。

「今日、お前んち行ってもいい? 今日も妹の友達遊びに来るっつってたからさーうるさくて勉強できねえから」
「あ………」

 生唾を飲み込む。
 彼と密室で二人きりになることは極力避けてきた。オレの部屋に彼だけが来るなんて、中1の時以来だ。

「う……うん。大丈夫」
「じゃ、着替えたら行くから」
「うん」

 うなずきながらも、自分を落ち着かせようと必死だ。当たり前だけど、彼はいつも通り……いや「いつも通り」というと語弊がある。この一ヶ月で、彼も侑奈も少し変わってしまったのだ。でもこれが「いつも」だと思うようにしなくてはならないのだろうか……。


***


 一ヶ月前……文化祭の二日目。

「オレはユーナとどうこうなりたいなんて、思ったことねーよ」

 彼が言ったそのセリフにオレは相当衝撃を受けたのだけれども、それは侑奈も同じだったようで、

「あれ、どういうこと?」

 文化祭が終わった後、二人で侑奈のうちに行くと、着いた途端、侑奈が彼に詰め寄った。

「私、泉は私のこと好きなんだってずっと思ってたんですけど? 勘違いだったってこと? 相当恥ずかしくない?私」
「あー……いや、それは……」

 しどろもどろの彼に侑奈はさらに詰め寄る。

「確かに、直接泉から好きって言われたことないけどさ。でも、他の人から泉は私のことが好きだって言われても、泉、否定してこなかったじゃないの」
「いや、それは、本当、だから……」
「はああああ!?」
「相澤、落ち着いて……」

 彼の胸ぐらをつかんでゆさゆさ揺らしている侑奈をどうにか引き剥がす。

「落ち着いてなんかいられないよ! こんな勘違い恥ずかしすぎてっ」
「だからー別に勘違いというわけじゃ……」
「まだ言う?それ!!」
「だからー」

 彼は言いにくそうにボソボソと続けた。

「ユーナのことは本当に好きだし、大切だし……」
「………」
「大好きだよ」
「………」

 ぎゅっと胸が締め付けられる。そんな風に言ってもらえる侑奈が羨ましくてたまらない……
 でも、彼は再び困ったように唸ると、

「でも、恋人になってどうこうしたいっていうわけじゃなくて……」
「………」

 またそこに行きつくわけだ……。

「だから、それ『好き』じゃないじゃないの。ちゃんと否定しなさいよ。意味が分からない」

 侑奈は首を振ると、オレのことを見上げてきた。

「意味分かる?」
「…………」

 オレも首をかしげると、彼は「だからー」と再び声をあげた。

「否定しなかったのは、『仲良し三人組』でいるためには、それが一番良かったからっていうかー……」
「………」

 思い返してみると、確かにオレがそういうニュアンスのことを言っても彼は一切否定しなかったけれど、彼が直接的な「好き」と言う言葉を口にしたのは、小6の夏が最後だと思う。………どうして今まで気が付かなかったんだ、とかなりショックではある。思いこみ、というやつだ……。

「じゃあ、今、白状した理由は?」

 侑奈は腕を組んで彼を睨みつけた。

「もう『仲良し三人組』をやめたいってこと?」
「まさか!」

 必死な様子で首を振る彼。

「そんなことあるわけないだろっ」
「じゃあ、どうして」
「それはー……今後も続けていくためっていうかー……」
「はあ?!」
「相澤、相澤」

 再び彼の胸倉を掴んだ侑奈を引き剥がす。

「落ちついて」
「落ちついていられないっ。だって、諒だって、泉が私のこと好きだと思ったから、だから……っ」
「相澤」

 変なことを口走られる前に、咄嗟に侑奈を抱き寄せる。「泉が私のことを好きだと思ったから、私のこと抱いてるんでしょう?」とでも言うつもりか? そんなことバラされたらお終いだ。冗談じゃない。侑奈もハッとしたように口を閉じた。

「だからそれは悪かったと思ってるよ」

 こちらの内情を知らない彼は、辛そうに眉を寄せると、

「オレがユーナのこと好きだと思ってたせいで、ずっとお前ら付き合わなかったんだもんな」
「…………」
「…………」

 そうではない。でも彼の勘違いを否定することもできない。

「オレさ……お前らといる時間が本当に居心地よくて、手放したくなくて」
「…………」
「お前らが付き合ってることはもちろん賛成だし、二人幸せになってほしいと思ってる。……けど」

 彼の視線がまっすぐにこちらを向いた。

「やっぱり羨ましいって思う時もあって」
「!」

 あわてて侑奈から手を離す。そうだ。保健室でも言われたんだ。「中学で童貞卒業したお前には、現役童貞のオレの気持ちはわかんねーよっ」と……。
 彼は、ふっと笑って言葉を継いだ。

「だから、オレにも彼女できたら、そんなこと思わなくなるのかな、とか」
「…………」
「そうしたら、お邪魔虫とか言われなくなるのかな、とか思って……」
「…………」

 これが本当に本当の彼の本心かどうかは分からない。分からない、けど……

「オレ、ずっと、諒とユーナと一緒にいたいんだよ」
「……泉」

 きっとそのことだけは本心だと思う。だから……

「じゃあ……合コン、頑張って……」

 なんとかその言葉を絞りだすと、

「おお。頑張る」

 彼は恥ずかしそうに笑った。 



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