1日の終わりに ~森真理マンドリン教室~

マンドリンと共に暮らす日常のあれこれを、ほぼ毎日綴っています。

明日はいよいよ

2018年12月16日 | 高齢の親のこと


四十九日の法要です。
そうか、あれからそんな日が経ったのか。
お骨が家にあるうちに、ということで昨日は私の友人がお線香をあげに来てくれました。

姉と私がもう何度も繰り返し聞いてすべて暗記してしまった、父の昔話(疎開時代から始まるから長い。ある程度話すとまた最初に戻っちゃう)を新鮮な反応で聞いてくれて、ありがたい。
夕食も付き合ってくれて、父は大いに語り、「3人で食べるとおいしいねえ」と上機嫌。「いい友達がいてよかったね」と寝るまでずっと言ってました。
よかった、よかった。

今日は義母、主人、息子がお別れに来てくれました。
今まで、母の最期のことを涙なくしては語れない父でしたが、だいぶ落ち着いてきたようです。
これからも波はあるんだろうけれど、時が気持ちを私も和らげてくれることでしょう。
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年金事務所で

2018年12月04日 | 高齢の親のこと
生徒から、おさらい会に招待したお知り合いの感想を聞くのはとてもうれしいです。
家族にも友人にも内緒で出ている生徒もいますが、私としてはどなたかを呼んでほしいんです。
無条件に応援してくれる人がいるって、心強いですよね。
たまに例外もあるかもしれませんが、たいていは「ステージで1人で演奏してるだけでもすごい!」と思ってくれるはず。
よかったね、がんばったね、と言ってもらえると、本当に励みになります。

さて、母が亡くなった後の手続きの話です。
今日は年金事務所で、「母が受け取るはずだった年金を父の口座に振り込む」という手続きをしてきました。

年金事務所の相談や手続きは予約制で、指定された日は申込みから2週間後くらいだったような。粗大ゴミの収集なみに時間がかかります。

予約した時間に行ってみたら3人待ちで、窓口に呼ばれたのは30分後。
予約の時点でかなりの個人情報を聞かれているので、一から説明する必要はなく、用意した書類を渡すだけです。
でもここから時間がかかった…。
書類の確認作業というものを係りの人がやり、それをその場でただ待つ。
ペーパーレスの正反対のように、たくさんの紙にプリントをし、それをつき合わせてスタンプを押す、という作業。
1人の死亡についてこれだけの紙が必要なのか、果たしてこの大量の紙はこのまま保存されるのか…
などなどをずっと考えていました。

年金事務所を出たのは入ってから約1時間後。私は父の代理人として手続きをしたんですが、高齢者1人だったら結構大変だろうと思いました。
予約の時点で、私の父の場合は挫折することでしょう。耳も遠いし。
提出する書類を聞き取って用意するのも、かなりハードルが高いです。
こういうことで困ってる人って多いんだろうなあ、と思います。子供がいないとか、いても遠くに住んでいるとか。

委任状1枚書くのでも高齢者(一概には言えませんが、我が家の場合)にはとても大変。書類の字が小さいですしね。

銀行の口座もただ解約するのではなく、相続するという手続きになるらしい。
大金があるならそれも納得ですが、少額でも同じ段取りなのかしら。
取り敢えず、先々のことを考えると自分の口座はなるべくまとめておこう、という気持ちになります。

あとは携帯の解約。これもいかなくちゃ。クレジットカードも解約しないと。

今日、父が透析(送迎有り)から帰ってきたとき

「シルベスちゃんがいてくれてよかった。
ひとりじゃさみしい」

と言ったので泣きそうになりました。
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月命日

2018年12月01日 | 高齢の親のこと
マンドリンの話はありません。

改めまして、昨日のことを。
昨日は母の月命日でした。
実家に集まって(集まって、と言っても3人ですが)夕食を共にしました。
姉が準備をしてくれて、なんとなくクリスマス会のようなお誕生日会のような楽しい気分でした。

3人にあまりにも突然やってきた悲しいあの日。
肩を寄せ合って励まし合いながらなんとか1ヶ月やり過ごしました。

一番大変なのは誰よりも父です。
姉と私はお互いそれぞれの家庭がある。
でも父は60年連れ添った配偶者を亡くしてしまった。
親を亡くすのと配偶者を亡くすのは、やはり大きな違いがあると思います。
姉と私がどんなにがんばっても母の代りにはなれないし、父の心の隙間は埋められません。

できるのは、ただ寄り添うことだけ。
夜、父を1人にしない。

父はだいじょうぶ、と言っていますが、なんだか心配で。
ずっと先のことはわかりませんが、とにかく姉と交代で泊まることにしています。

私はレッスン時間に合わせて自宅に戻っていますが、戻るとやることはまず部屋の片づけ。
時間に余裕がないので、慌ただしく作業をすることになって、この時間が辛い。
実家にいるほうが気が楽になってきました。
昨日のように、姉と一緒に泊まる日はなお楽しいし。

父は私たちが何をしても「ありがとう」と気持ちよく声をかけてくれます。
薬を飲むための水を持って行ったり、そんな本当にささやかなことでも毎回「ありがとう」と。
寝る前にも、「今日はありがとう。ゆっくり寝てね。おやすみ」と言ってくれます。
そんなことがうれしい。

父が毎日快適に暮らせるように、できる限りのことをしたい。
そんなことを改めて思った、初めての月命日でした。

次の月命日は大晦日だ!
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カータンの「高齢な親の問題」シリーズが身に沁みる

2018年11月24日 | 高齢の親のこと

※マンドリンに関係しないことなので、「親のこと」というカテゴリーを作りました。

以前から好きで読んでいるカータンのブログ。
いつもお腹を抱えて笑うほどおもしろいんですが、「高齢な親の問題」は我がことのように感じます。

カータンのご両親は2人暮らしをしているんだけど、お父様は失明、お母様は少し認知症と鬱症状がある様子。
カータンにはお姉さんがいて、二人で交代でお世話をしている。

この状況がちょっと自分と似ています。

親は子どもに迷惑はかけたくないと言うけれど・・・高齢な親の問題

これとか、介護認定の話とか、身につまされる・・・。

おさらい会の翌日、父が介護認定を受けました。
姉と私の2人で立ち会えてよかった。
カータンのお母さんと同じように、父はいつもよりはっきりしっかり返答をしていました。
でも、亡くなっている母を見つけたときの話をしたら、認定士さんが父と一緒に泣いてくれたんです。
認定士さんは、いつもこうしていろいろなお年寄りの家を訪ねて(乱暴な人とか、何もしゃべらない人とか、いろいろ大変なことがあると思う)、あらゆる人生を聞かされていることでしょう。本当に大変なお仕事ですね。
同じ話を何度も繰り返す父に、親身に相槌を打って聞いてくれました。なかなかできることじゃないです。

で、認定はこの人がその場でするのではなくて、後日郵送で結果がくるらしい。
何らかのサービスが利用できるのは1ヶ月半後くらいだそうです。

つまり、それまでは自力でやらなければいけないのだ。
うちの場合、私の家が実家まで車で20分程度、姉の家は電車を乗りついで小1時間。
どちらも幼児をかかえているわけでもないので、今はなんとか交代で実家に泊まってやっています。
でも、このまま何年もこの生活を続けるのか。
姉も私も仕事があるし、カータンの言うとおりそれぞれの生活と人生があるわけです。

前向きに考えれば、あと1ヶ月半後には、何らかのサービスを利用してお互い少しラクになるはず!
母の世話ができなかったぶん、父にはできる限りのことをしたい、と思っています。
もともと家族4人仲が良かったのと、姉妹だから分担もうまくいっているように思います。
嫁2人、娘と嫁、だったらなかなか難しいだろうなぁ。
そうとも限らないでしょうが、私の想像です。


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