時間を少し余している菜緒が、数分考え、落ち着いて指す。対する私は、程なく、持ち時間を使いきり、秒読みの中、感覚で慌ただしく指す。しかし、局面は菜緒の優位が消え、形勢不明となった。手の動きこそ、落ち着いてはいるものの、菜緒の表情はこわばり、やがて落胆へと変わりつつあるようだった。私は優勢を意識した。しかし、それを意識したとたん、冴えていた感覚が急速に鈍った。50秒、1、2、3、4。盤面が見えない。頭が真っ白になった。そして秒読みのプレッシャーに押しつぶされるように、私は致命的な悪手を指してしまった。菜緒がしばらく盤面を見渡し、軽くうなずいた後、確信の一手を放った。それを見て私は「ありません」と頭を垂れた。投了である。
菜緒との始めてのタイトル戦に破れ、手をかけた女流3冠を逃した。それよりも何よりも、自分が思っていたより、勝負に強くないという事実を突きつけられたのが、ショックだった。最終盤で、あれだけ頭が真っ白になったのは想定外だった。常々、先生に言われていたこともあるが、唯一、菜緒より上と信じていた勝負に強いという幻想が崩壊してしまった。
菜緒との始めてのタイトル戦に破れ、手をかけた女流3冠を逃した。それよりも何よりも、自分が思っていたより、勝負に強くないという事実を突きつけられたのが、ショックだった。最終盤で、あれだけ頭が真っ白になったのは想定外だった。常々、先生に言われていたこともあるが、唯一、菜緒より上と信じていた勝負に強いという幻想が崩壊してしまった。