ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

駒花(40)

2017-05-30 21:04:53 | Weblog
時間を少し余している菜緒が、数分考え、落ち着いて指す。対する私は、程なく、持ち時間を使いきり、秒読みの中、感覚で慌ただしく指す。しかし、局面は菜緒の優位が消え、形勢不明となった。手の動きこそ、落ち着いてはいるものの、菜緒の表情はこわばり、やがて落胆へと変わりつつあるようだった。私は優勢を意識した。しかし、それを意識したとたん、冴えていた感覚が急速に鈍った。50秒、1、2、3、4。盤面が見えない。頭が真っ白になった。そして秒読みのプレッシャーに押しつぶされるように、私は致命的な悪手を指してしまった。菜緒がしばらく盤面を見渡し、軽くうなずいた後、確信の一手を放った。それを見て私は「ありません」と頭を垂れた。投了である。

菜緒との始めてのタイトル戦に破れ、手をかけた女流3冠を逃した。それよりも何よりも、自分が思っていたより、勝負に強くないという事実を突きつけられたのが、ショックだった。最終盤で、あれだけ頭が真っ白になったのは想定外だった。常々、先生に言われていたこともあるが、唯一、菜緒より上と信じていた勝負に強いという幻想が崩壊してしまった。
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駒花(39)

2017-05-30 07:55:10 | Weblog
昼食休憩を挟んで、さらに10分ほど考え、ようやく菜緒は指した。思いもよらない手だった。それと同時に、苦し紛れの手にも見えた。私はさほど時間を要さず、局面を進めた。午前中の菜緒の表情はヒリヒリしたものから、苦しそうに歪んでいき、そして、午後からは落胆、諦めの色に変貌させていく事が私の狙いだった。しかし、菜緒の眼は次第に力を取り戻し、ついには爛々と輝き出した。それと反比例するように、私の心には迷いが生じ、乱れ始めた。「何かがおかしい」。戦況は互角に引き戻され、さらに菜緒が優位に立った。形勢逆転である。私は昼食後に放った菜緒の一手を軽視したことを後悔した。

しかし、まだ諦める状況ではない。私は再逆転の可能性を探りながら指し続けた。菜緒もまだ勝ちを確信している訳ではない。私が少しずつ差を縮め、菜緒がわずかに優位を保ちながら、勝負は終盤へもつれ込んだ。そんな中、私は焦りを感じていた。残り時間である。菜緒は20分以上残しているが、私には3分しかない。もう深く読む時間がない。自分の感覚を信じて駒を動かすしかなかった。
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