ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

駒花(30)

2017-05-25 21:45:36 | Weblog
昼食の間も考えてはいたのだが、なかなか考えがまとまらない。どの変化を選んでも、あまり思わしくない。すでにこの局面での形勢は、私が不利なようだ。結局、無難な手は選ばず、激しい変化を望んだ。下手をすると、大敗の可能性もある。しかし、最も見込みのある指し手だと判断した。

今度は、麻衣さんが長考している。どうやら私の指し手が予想外だったようだ。彼女の表情から、少し迷いの色が垣間見えた。これだけ考えさせただけでも、私の指し手は正解だったかもしれない。穏やかな展開に引き戻す余地もあったが、麻衣さんも激しい変化を選んできた。挑発を堂々と受けて立つ。彼女らしい指し手だった。

しばらく互角、いや形勢不明の展開が続いた。しかし、終盤が近づくにつれ、私は少しづつ優勢を意識した。麻衣さんが記録係に棋譜を要求し、それを眺めている。その間におやつが運ばれてきた。麻衣さんはロールケーキとミルクティー。私は大福とコーヒー。森村先生に言わせれば「和菓子なんだから、コーヒーじゃなくて緑茶だろ。さおりはまだ子供だな」となるだろう。しかし、このおやつの組み合わせは、今日のアンバランスな将棋内容にはよく似合っている。

麻衣さんは棋譜の書かれた用紙を記録係に渡すと、決意を固めたように、駒音を響かせた。しかし、その後、少し首をひねりミルクティーを口に運んだ。手数はすでに90手に達した。中盤と終盤の境目で、この将棋は蠢いている。
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駒花(29)

2017-05-25 08:19:17 | Weblog
振り駒の結果、私が先手となった。少し盤上を見つめた後、右の指で歩を挟み、7六に駒音を響かせると、一斉にフラッシュがたかれた。昨日の夜、先手の時は矢倉でいくと決めていた。勿論、麻衣さんは私の意志を汲み取ってくれて矢倉を組んだ。麻衣さんは居飛車、振り飛車のどの戦法でも自在にこなすオールラウンダーだが、私は居飛車党で、得意戦法も限られている。数少ない持ち球の一つが矢倉だった。麻衣さんも矢倉好きである。もしかしたら、変則的な戦法で仕掛けたほうが、実力に劣る私が勝てる確率は高くなるのかもしれない。しかし、敢えて本道で、麻衣さんと力比べをしてみたかった。正統な将棋で勝てれば、麻衣さんも少しは認めてくれるのではないかと思った。私は麻衣さんに認められたかった。

私が歩をぶつけて、中盤に突入した。せっかくの先手、先に仕掛けたかった。麻衣さんは背筋を伸ばし、悠然としている。彼女の表情から、心の内を読み取ろうとするが、黒目がちな瞳は、万丈の歩がぶつかり合った地点を凝視して動かない。結局、麻衣さんは私の手を無視するかのように、また別の場所で歩をぶつけ、戦闘を複雑にした。難しい将棋になりそうだ。私は10分ほど考えたが、決断できないまま、昼食休憩となった。
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