ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

駒花(14)

2017-05-17 21:46:12 | 小説
先生は私たち4人を近所のいきつけの蕎麦屋へ連れて行った。
「いらっしゃい」
「よお、ご主人、久しぶりだね」
「ああ先生、いつの間にかお嬢さんが随分、増えましたね」

先生と同世代の初老の店主とは、20年来の付き合いと聞かされている。先生と私はカウンター、菜緒たち3人はテーブル席に座り、メニュー表に見入っている。
「遠慮せず、好きなもの頼みなさい」
先生がテーブル席の3人に声をかけた。
「わかりました」
笑い声の混じった賑やかな声が返ってくる。

「さおりちゃん、凄いね。なんていったっけ」
「はい?」
「将棋の、ほら」
蕎麦屋の主人はもどかしそうだ。
「もしかしたら天女ですか?」
「そう、それだ。もうさおりちゃんじゃなくて天女さまだ」
「いえ、さおりでいいです」
私は、ボソッと言った。天女様といわれたのは初めてで、嬉しさよりも、恥ずかしい気持ちだった。
「じゃあ、俺は天ぷらさま。いつもの、えび二つ乗っかってる奴」
親父ギャグとしても出来がいいとは思えない。菜緒たちに聞かれたと思うと、これも恥ずかしい。それにそんな食い意地が張ってるから、おなかが食べる前から膨れているんだ。

私の気持ちは恥ずかしさから、呆れへと移行した。そして、さらに先生の「午後はお前と菜緒ちゃんで指せ」という言葉で緊張へと動いた。エビをほうばりながら、口にしたので滑舌は悪かったが、そこははっきりと聞き取れた。








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駒花(13)

2017-05-17 07:26:40 | 小説
平田さんと桜井さんも指し始めた。私は二人の間に入る形で、横から対局を見ていたが、どうしても森村・矢沢戦が気になり、視線が安定しない。
「北園さん、これでいいんでしょうか?」
妹弟子にあたる平田さんが、聞いてくる。
「そうだね。悪い手じゃないと思うけど」
私はそれらしい答えを返した。桜井さんはじっと考え込んでいる。

ひとつ向こうの盤に目をやる。手はとんとん拍子で進み、すでに中盤。菜緒がやや優勢に見える。駒落ちの分、序盤は押され気味なのは仕方ない。しかし、中盤以降、実力に勝る森村先生が、徐々に差をつめていくはずなのだが。私に偉そうなことを言っていたのだから、将棋で手本を示して欲しい。菜緒をねじ伏せて欲しい。

数十分後、平田・桜井戦は終り、感想戦はそこそこに、3人で先生と菜緒の盤上を囲んだ。すでに終盤に入っている。
「いや、強いな」
先生が首をひねり、苦笑いを浮かべる。菜緒は盤面に集中している。大雑把に見た印象では、形勢は微妙である。菜緒が飛車を切る、思い切った勝負手に出た。先生は少し間を置いて、飛車を取った。見えない。森村玉が詰んでいるのか。菜緒にはそれが見えているのか。結局、その後15手ほど進んだところで、菜緒は投了した。

「苦しい将棋だった」とつぶやく先生に、「飛車を切ったのがよくなかったのでしょうか?」と菜緒が聞く。
「うん、そうだね。俺も一瞬分からなかったけど、少し無理があったんじゃないかな。でも迷ったら、攻めを選んだ姿勢はいい。菜緒ちゃんはいい将棋を指したよ。さあ、昼飯にしよう」
先生は声を張ったが、微かに動揺しているようにも見えた。
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