ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

駒花(26)

2017-05-23 21:48:38 | 小説
私は高校卒業と同時に、都内のワンルームマンションで一人暮らしを始めた。森村先生からは、毎日のようにメールが届く。「淋しくないか」「帰ってきてもいいんだぞ」といった事から、将棋のアドバイスまで様々である。そうした生活に慣れ始めた5月下旬、私に大きなチャンスがやってきた。女流三冠の中でも、最も権威のある女流名王戦の挑戦権を得たのだ。菜緒や早田さんとの三つ巴の混戦を制して、初めて得た切符である。やっとあの人と最高の舞台で戦える。いや、将棋を指すことができる。

山崎麻衣。私が将棋を始めた頃からの憧れの人。彼女と初めて対局したのは、10年ほど前にさかのぼる。地元の静岡に、プロ棋士たちがイベントで来た。父は幼い私の手を引き、私を指導対局に参加させたのだ。その時の先生が麻衣さんだった。先生といっても、彼女は今の私と同じような年だった。まだ高校生だったかもしれない。麻衣さんはひとりで10人ほどを相手にしていた。勝ったのは私だけだった。「麻衣ちゃんに勝った」と喜ぶ私に彼女は言った。
「さおりちゃんがプロになったら、また将棋を指そうね」
私はその言葉を忘れなかった。麻衣さんはあの時の、勝ち気な女の子の事など忘れていたとしても。夢の舞台は、すぐそこまで迫っていた。
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駒花(25)

2017-05-23 08:17:08 | 小説
デパートでは、私が先生のスーツやネクタイを選んだ。「これはあなたにはちょっと。もう還暦でしょ」。奥さんが口を挟むと「いいんだよ、さおりが選んでくれたんだから。それに俺はまだ59だ」と譲らない。そして、「さおりの欲しいものは?」と尋ねる。私はモノトーンの服をリクエストした。
「いつも、さおりは地味な服ばかり着ているな。もっと菜緒ちゃんみたいに女の子らしいのは駄目なのか?」
先生は不満げだ。そういえば、対局の時も、たいてい白のブラウスと黒のパンツスーツといった組み合わせが多い。これまでは高校の制服で対局することもあったが、これからはそうもいかない。
「おっ、これなんかはどうだ?対局やイベントの時に着てもいいんじゃないか?」
先生は目を輝かせた。真紅のワンピース。私にはとても無理だ。ワンピースまではいいとしても、せめて黒にして欲しい。
「うん、これだよ、これ」
結局、先生は私に欲しいものを聞いておきながら、自分の好きなものに決めてしまう。その視線は遠くを見ている。どうやら、私がこの服を着て、対局している姿を想像しているようだ。でも悪いけど、この真紅のワンピース姿で対局することは絶対にありえない。
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