私は高校卒業と同時に、都内のワンルームマンションで一人暮らしを始めた。森村先生からは、毎日のようにメールが届く。「淋しくないか」「帰ってきてもいいんだぞ」といった事から、将棋のアドバイスまで様々である。そうした生活に慣れ始めた5月下旬、私に大きなチャンスがやってきた。女流三冠の中でも、最も権威のある女流名王戦の挑戦権を得たのだ。菜緒や早田さんとの三つ巴の混戦を制して、初めて得た切符である。やっとあの人と最高の舞台で戦える。いや、将棋を指すことができる。
山崎麻衣。私が将棋を始めた頃からの憧れの人。彼女と初めて対局したのは、10年ほど前にさかのぼる。地元の静岡に、プロ棋士たちがイベントで来た。父は幼い私の手を引き、私を指導対局に参加させたのだ。その時の先生が麻衣さんだった。先生といっても、彼女は今の私と同じような年だった。まだ高校生だったかもしれない。麻衣さんはひとりで10人ほどを相手にしていた。勝ったのは私だけだった。「麻衣ちゃんに勝った」と喜ぶ私に彼女は言った。
「さおりちゃんがプロになったら、また将棋を指そうね」
私はその言葉を忘れなかった。麻衣さんはあの時の、勝ち気な女の子の事など忘れていたとしても。夢の舞台は、すぐそこまで迫っていた。
山崎麻衣。私が将棋を始めた頃からの憧れの人。彼女と初めて対局したのは、10年ほど前にさかのぼる。地元の静岡に、プロ棋士たちがイベントで来た。父は幼い私の手を引き、私を指導対局に参加させたのだ。その時の先生が麻衣さんだった。先生といっても、彼女は今の私と同じような年だった。まだ高校生だったかもしれない。麻衣さんはひとりで10人ほどを相手にしていた。勝ったのは私だけだった。「麻衣ちゃんに勝った」と喜ぶ私に彼女は言った。
「さおりちゃんがプロになったら、また将棋を指そうね」
私はその言葉を忘れなかった。麻衣さんはあの時の、勝ち気な女の子の事など忘れていたとしても。夢の舞台は、すぐそこまで迫っていた。