ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

駒花(12)

2017-05-16 21:23:44 | Weblog
自分に見えなかったものが、菜緒に見えていた事で、私は頭の中は一杯になっていた。
「菜緒ちゃん、おじさんと一局指すか?」
「はい、よろしくお願いします」
「角落ちでどうかな?いつも、その生意気なお姉さんとも角落ちで指してるんだよ」
「私にもぜひ、教えてください」
菜緒は満面の笑顔で答える。
「菜緒ちゃんは、可愛いなあ」
先生はチラッとこちらに目をやった。確かに、菜緒は可愛い。私はあんなにうまく笑顔が作れない。それにしても、生意気なお姉さんとは誰だろう。
「じゃあ、そっちは平田君と桜井さんで指しなさい。さおりは見てなさい。お前が上から見るんじゃなくて、その二人から学ぶんだ」

奥さんが紅茶とケーキを運んできた。
「あなた、さおりちゃんにそんなに厳しくしなくても」
「これくらいでさおりは落ち込むようなタマじゃないから。心配するな。それより、後輩の将棋を見て、学ぶ姿勢も大切なんだ。さおりにはそうしたところが欠けている」

先生は菜緒とさっさと指し始めていた。
「俺は、さおりの親御さんから送ってもらったお茶でいいよ」
先生は盤上に視線を落として、奥さんにリクエストした。私は先生の物言いが少し頭にきていたが、言われていることは大体、当たっていた。それよりなにより、菜緒に負けないで欲しい思いの方が遥かに強かった。








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駒花(11)

2017-05-16 07:44:56 | Weblog
まだ4月だったが、初夏のような、やや強い日差しが照りつけていた。土曜日の午前10時ごろ、妹弟子の平田典子の案内で、菜緒と、彼女と仲のいい桜井由紀が森村師匠の自宅へやってきた。私が出迎え、リビングへ案内した。

「ああ、よくきたねえ」
指しかけの将棋盤を前に、森村先生は彼女たちに笑顔を向け、すぐに盤上へと視線を落とした。朝食後、師匠に駒落ちで相手をしてもらっているのだが、この日は珍しく中盤で私が優位に立っていた。

「さおり、早く座りなさい。お前の手番だよ。君たちもこっちに来て、見てなさい」
先生は高校2年の小娘に苦戦しているためか、少し機嫌が悪いのかもしれない。菜緒たちが正座して、遠巻きに見学しているので、私は「足、崩しなよ」と声をかけた。

終盤に入り、先生が盛り返し、最後は私の攻めが、相手玉を詰めるか否かの勝負となった。結局、あと一歩届かず、先生の勝ちとなった。
「さおり、詰みはなかったか?」
「あるような気もしたんですが、分かりませんでした」
私は首をひねった。
「あのお」
「菜緒ちゃん、何かあった?」
先生が私に対する口調とは違い、優しく問いかけた。
「そこで桂馬をなり捨てたら、どうでしたかね?」
「うん、正解」
先生が力強く頷く。私はその言葉に慌て、しばらくして気付いた。額や手のひらに汗が滲み出てきた。
「菜緒ちゃんはセンスがあるねえ。さおりも、ウカウカしていられないな」
先生は真顔で言った。菜緒は嬉しそうに微笑んだ。






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