白雲去来

蜷川正大の日々是口実

真面目に原稿書き。

2014-11-13 18:23:50 | 日記
十一月十日(月)晴れ。一の酉。

朝食は、昔ながらのナポリタン。玉ねぎと魚ニソとスパゲティーをケチャップで炒めるのだが、私は、これは「おかず」として食べる。これに目玉焼きを添えて、汁物は、小さめなカップのワンタンスープ。最高だなぁー。

食後は、みなとみらいの書店に行くが、お目当ての本は在庫切れとのこと。成城石井とやらで晩酌の肴、生ハムを買って帰宅。今日が締め切りの原稿に向かう。いつもなら月の初めに入稿するのだが、どうも最近は調子が悪い。二日酔いを言い訳にこの二、三ヶ月は締め切りのギリギリに入稿する。

一息ついた所に、友人が昼食の差し入れを持って来訪。一時間ほど談笑。今日は、一の酉で、誘われたのだが、そんな気分ではなくおとなしく自宅にいた。

夜は、牛筋の煮物を作ったが、あっという間に売れた。今度はもう少し多めに作ろうと思う。「黒霧島」が切れたので「かねきょうかんろ」という焼酎を飲む。二十度ということもあってロックで飲んだら、あらら飲み過ぎてしまった。

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先輩の偲ぶ会に出席。

2014-11-13 18:08:56 | 日記
十一月九日(日)晴れ。

午前中は事務所にて仕事。すっ飛びで帰って着替えをして東京へ。今日は、靖国会館にて去る八月の二十日に亡くなられた、蒼龍会の故小島石根会長の偲ぶ会が行われる。大熊雄次氏と待ち合わせて会場へ。出席なされている方のほとんどを知っているので和やかな会となった。小島会長の遺影に菊を捧げて、在りし日の小島会長を偲んだ。

終了後は、大熊氏と友人二人の四人で、アメ横の「新東洋」へ。途中、大熊商会を手伝っている松本佳展君の奥さんの小枝さんとも合流して楽しい酒席となった。遅くならないうちに帰宅。ヘロヘロになった。

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頭山満翁の書。

2014-11-13 10:00:58 | 日記


 
写真をクリックしますと拡大します。

十一月八日(土)曇。


忙しいなどと言うと「爆ちゃん」に怒られそうだが、何となくバタバタしている。遅れている機関誌の校正がようやく終了して、午後から事務所で一稿を上げるための作業。

我が家の歳時記を見ると昨日は、大日本生産党の党首であった北上清五郎先生の命日だった。平成十七年に亡くなられたから九年祭か。北上先生と言えば、何より宴席で歌う「無名戦士を弔う歌」や「黒龍会節」「馬賊の唄」「憂国志士」といった戦前から歌い継がれてきた、いわゆる壮士節がとても上手だった。しかし最近は酒席でそういった歌を、文字通り高歌放吟する若い人が少なくなった。北上先生が亡くなられてから九年か・・・。早いものだ。

四時過ぎに事務所に月刊誌の『宝島』のスタッフが取材のために訪れる。編集長の宮川さんにカメラマンとライターで何と、小川寛大さんが来訪した。考えてみるとこのスタッフで、やはり『宝島』のムツクで「軍歌」の特集をやったことがあった。もう随分前のことだ。今度は、なんでも「捏造」や「虚報」に関しての特集を行うとのこと。私は、例の島村証言、『週刊新潮』のスクープ、「私が朝日新聞記者射殺事件の犯人だった」の誤報記事に関してインタビューを受けた。

終了後は、中華街の「中華飯店」にて打ち上げ。しばらく飲んでから帰宅。

我が家には、頭山満翁の額や軸が何幅かある。不如意の折の足しにと随分前に手に入れたり、カンパの代わりにと頂いた物などである。そのうちの珍しいものとしては、どなたかのお祝いの席で書いた物だろう。赤い紙に二枚に分けて揮毫してある。しかし、恐らく頂いた方も二幅の掛け軸を飾るほどの床の間がなかったのか、それとも署名のある方のみ掛けたのだろう、一枚は多少色が落ちてしまっている。しかし、それはそれで味があっていい。そういう我が家も床の間はあるにはあるが、そのスペースに衣装箪笥を置いてしまっているので、掛け軸を下げる場所がない。額の方は二枚。これは分かりやすい「忠孝一本」(と思うが間違っていたならば、誰か教えて下さい)と「億兆一心」(写真は額装する前の物)

先人の書いた書を眺めているだけで、何となく心が安らぐ。そろそろ藤井厳喜先生に書いて頂いた「剣錆び書は破れたり寒北斗」を季節も良いので掛けようかと思っている。


なぜか写真を二枚貼り付けできない。後でやるか。strong>


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