白雲去来

蜷川正大の日々是口実

風花

2018-01-27 14:48:38 | 日記
一月二十五日(木)晴れ。

先生の句に、「風花や 妻子への思慕すぐに消す」というものがある。その「風花」とは、青天の時にちらつく雪のこと。雪片が桜の花びらのように空に舞うところからこの言葉が出来たのだろうが、気象的には、遠方の山岳付近に風雪が起こっていて、それが上層の風に送られて、風下の山麓の地方に飛来するのだという。横浜などでは、あまり遭遇することはないが、何年か前の冬、伊豆高原に断食に行った折に、その風花をみることがあった。前にも書いたが、雪を「美しい」などと言ったら、新潟や東北で雪と格闘している人達に申し訳ない。

朝食は、インスタントのワンタンスープ、シチュー、コロッケ。昼はシチュー。夜は、鳥鍋、キノコとエビのアヒージョ。明日から四連ちゃんで新年会が続くので、缶ビール一本でやめた。

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残雪のこの道明日もゆかむとす

2018-01-27 13:01:03 | 日記
一月二十四日(水)晴れ。

先日の大雪もすっかり、その気配を消したが、陽当たりの悪い路地の隅や、家の壁にまるで身を寄せ合うようにして、ひっそりと残っている。自宅の近所の公園の前の道路に、一日中陽の当たらない道路があり、そこに五メートル程氷の状態となって残っているから危なくて仕方がない。公園の管理者などが気を利かして溶かしてくれないものだろうか。

野村先生の獄中句『銀河蒼茫』の中に、「残雪のこの道明日もゆかむとす」がある。維新の道は、残雪の道のように、歩き難く、厳しいものだ。

事務所の棚を整理していたら亡くなられた毛呂清輝先生が発行していた『新勢力』の「創刊二十周年号」があった。昭和五十年の五月のものだ。その記念号に野村先生の句、二十句が掲載されている。二十の句のうちに『銀河蒼茫』に掲載されていない句が一つあった。「雪となりはるかな銅鑼が夜を深む」である。先生の辞世の句は、「惜別の銅鑼は濃霧の奥で鳴る」。先生にとって、銅鑼の音は、どんな心象風景だったのだろう。

夜は、久しぶりに東京行き。アメ横で大熊雄次氏と待ち合わせた。アメ横も、暮のニュースを見ると、カニやマグロといった海産物のお店が多いように思えるが、大熊氏いわく、「暮になると、スニーカーを打っているお店が、海産物を売る店に早変わりする」とのこと。ナルホド。大熊氏の地元の箕輪にある鮨屋「丸長」にて、共通の友人氏と一献。珍しく一軒のみで解散。いい夜だった。

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