白雲去来

蜷川正大の日々是口実

「沈まぬ太陽」を見た。

2010-05-16 17:56:11 | インポート

五月十五日(土)晴れ。五・一五事件の記念日。

 九時起床、上の子供は、部活とやらでゼイゼイ言いながら出て行った。今日は、五・一五事件の記念日である。本来ならば、岐阜の護国神社で行なわれている「大夢祭」(※大夢は三上卓先生の号)へ出席しなければならないのだが、諸般の理由で断念した。

 また、昨日、床屋に行った折に、「後頭部のかぶれがヒドイ」と言われ、午前中に皮膚科に行った。どうも最近、後頭部が痒いと思ったら、かぶれていたか。医者は、原因は分からないが、とにかく塗り薬を出しておく、とのこと。整髪料もつけられずにいるので、なにやら、獄門首のようになって、外に出歩けない。六時から、神奈川県維新協議会の定例会があるのだが、こんな格好では、出席できずに失礼した。

 夜は、仕事が一段落した後に、レンタルしたDVDで、「沈まぬ太陽」を見た。その山崎豊子さんの原作は随分前に読んだが、日本アカデミー賞を取ったその映画は、レンタルされるのを楽しみにしていた作品である。

 日本航空の労組の委員長を務めた方がモデルとなっているものだが、映画もとても良く、その人の葛藤と航空会社の裏側を描いていて見ていて楽しい。正直言って、「アバター」よりも十倍も良い映画だと思った。

 その原作が話題になった頃、うろ覚えで、間違っていたら申し訳ないが、確か週刊新潮で、モデルとなった人が、共産党系の労組の委員長で、彼の度重なる懲罰的人事や、小説に書かれているようなことは、過大である、とか言うことが記事になっていた。

 私は、共産党であろうが、社民党であろうが、主義主張よりも、もつと大事なことは、信念に基づいて、いかに「正義」を行なうかにあると思っている。今日の日本航空の破綻は、その親方日の丸的な体質と、ある面、政治に翻弄された結果ではあるが、その一面が、映画の中にもよく描かれている。楽しめた映画だった。


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23年前の雪の朝を思い出した。

2010-05-16 16:11:40 | インポート

五月十四日(金)晴れ。

 そういえば、昨日の新聞に、住友不動産の元会長の安藤太郎氏の死亡記事が掲載されていた。「えっ」という感じだった。

 歯医者に行っている時に、統一戦線義勇軍の針谷大輔議長からも電話が入り、「安藤太郎が死にましたネェー」と、針谷議長も感慨深げだった。お互いに長話をしなくとも、胸に去来する思いは一緒である。

 あれから、もう二十三年が過ぎた。安藤氏は、百歳で天寿を全うした。我々が事件を起こしたとき、彼は、七十七歳だった。失礼ながら、最近は、ほとんどマスコミ等で名前を聞かなくなって、すでに亡くなっているのかと思っていたら、百歳まで長生きをしていたとは・・・。

 あの日、雪さえ降らなかったら、安藤氏も、もちろん我々の運命も大きく変わっていたに違いあるまい。当時、私達は、安藤氏と、氏が会長をしていた住友不動産に対して、「サラリーマンが一生かかっても、都心では一坪の土地さえ買えない状況を招来した」と、糾弾した。その思いは、今も変わっていないが、あの時に雪が降ったのは、やはり天の差配のような気もする。一足先に逝った、野村先生は、あの世で安藤太郎氏とすれ違うのだろうか。合掌。

 「大吼」の校了が迫っているので、夜まで机に向かった。八時まで、行なってから、一息入れるつもりで、「黒霧島」を飲んだら、そのまま寝てしまった。色々と考えさせられた一日だった。


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「憚りながら」で知る、男の品格。

2010-05-16 15:50:01 | インポート

五月十三日(木)曇り。

 うっかりして、福井さんと、「安記」の朝粥の約束をするのを忘れた。福井さんは、徹底したアナログ人間で、携帯を持っていない。酔っ払っていたので、泊まっているホテルの名前も聞かなかった。申し訳なし。

 午後から事務所へ。宝島社の飲み友の編集長氏から、待望の本が届いていた。昨年、野村先生のお墓のある浄発願寺で、得度した、元山口組の後藤忠政氏、得度名、忠叡氏の単行本である。その企画がすすんでいることは聞いてはいたが、こんなに早く出版されるとは思わなかった。仕事を中断して、事務所で、居住まいを正し、読んだ。

 凄い本である。若き任侠の時代から、山口組の直参へと勇猛の名を馳せた頃。そして野村先生との交友、引退までが生々しく語られている。後藤氏のような立場の人のことを第三者が書いた本は数多あるが、本人が直接語った本と言うのは、珍しいのではないか。人は、ヤクザというが、その人達にだって、当然ながら、苦悩や葛藤があり、正義感もある。

 最近は、「品格」をテーマにした本が売れ筋と言うが、本当に男の品格や資質を考えるならば、後藤氏が上梓した、「憚りながら」を読んだほうが良い。久し振りに、熱い感動をもって読了した。最後のページを閉じた後、なぜか山頭火の、

 うしろ姿のしぐれて行くか という句が浮かんだ。野村先生が、盟友と呼んだ数少ない友人の一人である、後藤氏の生き様を通して、近代の裏面史も分かる貴重な本でもある。是非、ご一読を賜りたい。

Img147

Img148※「宝島社」刊、¥1429(税別)

 夜は、「憚りながら」の余韻に浸りつつ、家飲み。松本佳展君差し入れの「黒霧島」である。


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友、遠方より来たり。

2010-05-16 15:11:35 | インポート

五月十二日(水)晴れ。

 今日は、古い読者の福井さんが、来訪するのでミニ社友会を開催した。福井さんは、インターネットで販売している「フクイのカレー」で知る人ぞ知る存在。(カレー好きの人は、是非、インターネットで「フクイのカレー」を検索してみて下さいまた、最近、流行の「食べるラー油」も評判です)。いつも、そのカレーを送って頂き、わが家は、当然ながら、「フクイのカレー」のファンである。

 また、福井さんは、ボクシングのトレーナーも行なっており、先日、試写会を行なって話題となった「BOX袴田事件・命とは」にも、友情出演している。もう十年近くも、弊社の社友となっている。

 六時に、関内駅にて、松本佳展君と待ち合わせてもらって、保土ヶ谷駅まで来て頂いた。保土ヶ谷駅には、大行社相模支部の小針政人君も来て頂き、先日、どうしてもここで飲みたいと思った、宿場蕎麦の「桑名屋」へ。皆、この店の雰囲気には感動していた。まずは、そば焼酎の「そば湯割り」を、蕎麦屋らしいアテで飲む。気分は、池波正太郎の世界である。談論風発で、あっと言う間に一本が空いた。次は、「芋焼酎」で、トロトロと飲んでから、店を出た。

 二次会は、懐不如意につき、わが酔狂亭へ転戦。一時間ほど飲んで、再会を約して解散した。 

 福井さんから、お土産で頂いたのが、寿がきや食品の、名古屋名物「みそ煮込うどん」。インスタントのものなのだが、これが美味かった。横浜では見たこともない物だが、さすがは愛知県だ。感激しました。

Img146 ※美味いですぞ。


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焼酎のラベルを集めています。

2010-05-14 15:36:24 | インポート

五月十一日(火)晴れ。

 今日も、朝食後に一時間ほど歩いた。その後に事務所へ。「大吼」の校了が近いので、校正や編集に追われている。

 話が、また酒の事で恐縮だが、いつも飲んでいる「黒霧島」や「いいちこ」などは別として、たまに読者の方や、お世話になっている方たちより、珍しい酒、(ほとんどの場合が焼酎だが)贈って頂く。飲んでしまえばそれまでなので、銘柄のラベルをとっておけないかと、常々考えていた。ワインなどは、ラベルを剥がす専用の物があるそうだが、そんなものを買ってまで、集めようとは思わない。もっと簡単な方法はないものかと、ネットで調べていたら、やはり、お湯をかけた後に、しばらくお湯の中に漬ける方法が一番らしいことが分かった。

 ドライヤーで剥がす方法もあるが、先日、「佐藤の黒」で試してみたら、剥がすことはできたのだが、ラベルの裏に糊が残っており、そこに紙を貼らざるを得なかった。それでも中々頑固なものがあって、どうしても剥がれないものがある。そういう時は、縁がなかったと思って、素直にあきらめる。沢山たまったら、表装して、額にでも入れてみよう。

 夜は、蜷川政経懇という名前だけは真面目な飲み会を、自宅近くの清水苑にて開催した。終了後、清水常二氏を酔狂亭に誘って一献会。

Img127

Img128 ※こんな感じです。


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