スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

多くの死&秩序

2024-08-05 19:00:16 | 歌・小説
 『夏目漱石『こころ』をどう読むか』の中に,荻上チキのエッセーが掲載されています。このエッセーは僕には意外な観点から『こころ』に触れています。しかし荻上のエッセーについて触れる前に,僕はこのエッセーを読むことによって気付いたことがありますので,それを先にいっておきます。それは,『こころ』という小説は,直接的であれ間接的であれ,多くの人の死が語られているという点です。ここでは物語の順序ではなく,時系列でどのように死が語られているかをみていきます。
                         
 まず最初に死ぬのは先生の両親です。正しく並べると,まず先生の父が死に,看病の結果として父と同じ病気に感染した母が死にます。
 この後で先生は遺産の管理を叔父に任せるのですが,叔父に裏切られたことを契機に故郷には戻らないと決め,東京で下宿を探します。探し当てたのが日清戦争で未亡人が住んでいた仮定です。ここでは間接的にこの未亡人の旦那の死が語られています。
 先生はこの下宿にKを住まわせます。そしてKはこの下宿で自殺してしまいます。
 Kの死の後,先生は未亡人の娘,お嬢さんと結婚しますが,結婚後に未亡人が病死します。
 先生と私が出会うのはこの後です。最終的に先生は自殺する,正確にいえば自殺を仄めかす遺書を私に送ります。このとき私は故郷に帰っていたのですが,これは私の父が死の床にあったからです。こちらも物語の中では死にませんが,物語の終了後にすぐに死ぬのは確実という状況ですから,死が語られているといっていいでしょう。
 そしてこれとは別に,物語の登場人物とはいいがたいのですが,物語の進行過程の中で明治天皇が病死し,乃木が明治天皇を追って殉死します。この殉死は実際には乃木の妻である静子との心中で,それはまったく触れられていませんが,『夏目漱石「こゝろ」を読み直す』でいわれているように,先生の結婚相手のの名前がと名づけられる理由を構成しているといえます。
 『こころ』はそんなに長い物語ではありません。それなのにその中で,これだけの死が語られているのです。これは異様といっていいかもしれません。

 結論から端的にいっておきますが,愚者は自然の秩序ordo naturaeに従うよりそれを乱す者であるということはありません。もっともこのことは愚者にだけ特有に妥当するのではなくて,現実的に存在するすべての人間に妥当します。いい換えれば,この文からは,愚者に対して賢者は自然の秩序に従い,愚者はそれを乱すということが暗示されているのですが,賢者が自然の秩序に従っているのと同様に,愚者も自然の秩序に従っているのです。いい換えれば,賢者は自然の秩序に従っているようにみえるような仕方で自然の秩序に従っていて,逆に愚者は,自然の秩序を乱すようにみえる仕方で自然の秩序に従っているまでです。このことは第四部定理四系から明白であるといわなければなりません。
 ここで自然の秩序といわれるとき,それがどのような秩序として含意されているのかまでははっきりと分かりません。このこと自体はスピノザがそのように考えているというわけではなく,スピノザからはそのようにみえているというだけなので,スピノザからそのようにみられている人びとにとっての自然の秩序が具体的に何であるのかということまでは措定することが難しいからです。ただスピノザがいいたいのは,どのように自然の秩序というものを表象したとしても.本来的な自然の秩序には現実的に存在するすべての人間が従っているので,表象されている自然の秩序に従っているようにみえるとしても逆にそれを乱すようにみえるとしても,そのこともまた自然の秩序から出てくるのであるということです。したがってこのことは,自然の秩序といわれる秩序だけではなく,すべての秩序に妥当するといわなければなりません。つまり何らかの秩序があって,その秩序を乱す者が存在するとしても,それは自然の秩序によってその秩序を乱しているということになります。
 ただしスピノザは自然の秩序に対して知性の秩序ordo intellectusを引き合いに出すことがあります。第二部定理二九備考では,知性の秩序とはいわれていませんが,ふたつの秩序が比較されていて,自然に共通の秩序に対応する秩序は知性の秩序といわれることになります。ただこのことはここでは重視する必要はありません。

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