書き逃げアンドロイド。

副交感神経が優位になるような写真が好き。

身体性と知能に相関はない

2024年11月28日 01時34分27秒 | 意識論関連
「身体性が知能を作る」という話は著しい欠陥がある

脳性麻痺などで身体の自由が効かない場合に知能が作られないわけではなく

犯罪者の大半は五体満足な健常者であり 一般的なヒトと身体性に違いはないが にも関わらず犯罪という非合理な行動を採ることがあるのは 身体性は知能とは無関係であることの証左である



身体性と知能(脳)の関連性を主張したのは養老孟司であり 養老の論説は論理整合性や論理的根拠に乏しく支離滅裂な衆愚迎合的ペテンに過ぎない

ヒトの大半は「文武両道」などといった何の根拠もない観念に囚われ 柔道の有段者であるプーチンの存在を全く無視しているバカげたデマに他ならない

こうした大衆迎合的な「実証不能の観念(デマ)」にとって都合の良いこじつけこそが養老孟司の「脳化社会」云々の屁理屈であり 「皆さんは電車やバスを使うから脳化している 私は禁煙と書かれた看板の前で煙草を吸うから脳化していない」などという支離滅裂な論説を展開するキチガイである



明らかに支離滅裂な話であっても多数者に「話題」になり著作販売部数に伴う世間的成功だけを根拠にヒトの大半は疑うことや検証することを一切しなくなる



バカであるということは知能が働いていないという意味である

何が正しくて 何が間違いなのかを区別認識できて 初めて知能と言えるのであって 身体性と知能は関係がない



ヒトというのは先天的に主観的に気分が良くなる話をする相手を「頭が良い」と主観的に「思う」傾向があり 養老孟司だのイマヌエル:カントを盲目的に鵜呑みにし 自分の頭で物事の真偽を検証しなくなる先天的な頭の悪さを持っているのである

「人間は叡智界に属している」などという 大衆にとって気分が良くなるような根拠の乏しい幻想を抱きさえすれば 大衆は何も疑わずに鵜呑みにし 100年以上もの永きにわたり「近代哲学の最高峰」などと形容し続けてきたのである



世間では私のことを異端変人扱いしているが 私の論説に対する論理的反証など一切なく 単なる印象操作によって「なかったこと」にしようとはぐらかしているだけである

それは既存の哲学界や生物学界の既得権益や体制の維持を目的とした悪質なはぐらかしに他ならない



*************


人工的に知能が作れるかと言えば 特定能力においてヒトを超えることは簡単である

走る速度が市販のモビリティの方が生身のヒトよりも優れ 力においても重機の方が圧倒的に優れているのと同様 チェスだの将棋だの円周率や素数の算出や記憶容量や速度においてヒトの脳よりも優れているのは当然のことであり こうした特定能力も「知能の一つ」とは言えることは出来ても「人間としての知能」として機能するわけではない

大規模言語モデルも所詮は「正解データ」の多数決で決定しているに過ぎず 学習させている「正解データ」に依存した答えしか導き出すことはできない

MicrosoftのTwitterAIがSNS上の大量のヘイトスピーチを「学習」することでヘイトスピーチに便乗するようになったのも 漫然とSNS上の言語を「正解データ」として学習させた結果であり AIというのはあくまでヒトが「何が正解」なのかを誘導しなければ平気で差別迫害などの非人道的言動もする単純なものである

言動が非人道的であるならば 必然的に行動も非人道的になりうる可能であり 軍事用AIなら「敵」を「学習」させれば殺人も平気で行う

また SNS上の膨大なヘイトスピーチをAIが「学習」してしまう程にヒトという生物は差別排除が好きであることの論証でもある

ヒトという種の生物は 他者と自己との間に順位序列を決定し 「自分よりも下」とみなした相手を攻撃することによって集団組織内部での地位を確保しようとする先天的習性がある

一方で権威とみなして「自分よりも上」とみなした相手の発言には何の疑いも持たずに短絡的に鵜呑みにする習性もある

こうした習性はイヌ科動物に多く見られる「社会性(先天的社会形成習性)」と全く同じものであり 動物の「社会」では差別排除こそが群れ(集団組織)の中において生存や繁殖に有利に働いたことで進化的に研ぎ澄まされてきた本能であり

ロシアで行われたギンギツネの人工繁殖実験においてほんの数世代で多種多様な個体変異が起きるにも関わらず 実際の自然界において均一な見た目や性格のギンギツネしか生息していないのは ギンギツネの群れの中での差別排除による淘汰が常に働いているからに他ならない

少数異端を排除することによって 既存の集団組織の体制や既得権を維持することこそが 生存や繁殖において有利に働くが故に ヒトは簡単に洗脳状態に陥り組織腐敗体制に加担するようになるのである



「多様性が重要」と言いながら 実際には少数異端を差別排除し一切耳を貸さず 多数の認証した権威肩書を盲目的に信用して主観的に安心満足することしかしないのが「ヒトという種の生物」である

だから組織腐敗が蔓延するのである

多様な意見論説の中から 何が正しくて 何が間違いなのかは多数決で決定されるべきものではなく 論理客観的に検証されるべきものである

科学や哲学は多数決ではないのである

民主主義は多数決で決定される「制度」ではあるが 制度手続きが常に正しい結果をもたらしてくれるわけではなく 民主主義制度であっても民衆がバカなら「バカ主義」にしかならない

だからこそ 多くのヒトが「バカではなくなる」必要性がある

バカではなくなるために必要なのは 自分のどこがどのようにバカなのかを自覚認識することであり 

それは主観的に「自分はバカだ」と気分的に落ち込むことでもなければ 自分の頭の悪さを他人の所為にすることでもなく 論理客観的に真偽を検証する冷静な慎重さこそが最も重要である



ヒトというのは「これさえやっときゃ頭が良くなる」的な短絡的で安易な方法論に飛びつき それが本当に正しいのかどうかを客観的に検証することなく盲目的に信奉していれば安心満足感が得られるものである

こうした脳の先天的性質こそがヒトの頭の悪さの根源であり 世界中で蔓延する組織腐敗や洗脳のメカニズム構造である

腐敗組織集団に同調し迎合し忖度し服従することによって 腐敗組織内部での地位権益を得ることを「自分は頭が良い」と倒錯する

これはナチス政権下のユダヤ人絶滅収容所の吏官アドルフ:アイヒマンの行動原理そのものである

差別排除という加害に便乗しておけば 少なくとも被害者側にならずに済む それを「生き残るため」などと称して絶対的正義に掲げるからこそ ヒトは馬鹿げた組織腐敗を傍観放置するようになるのである

被爆者団体という被害者団体がノーベル平和賞をとったが 被害者情報は加害の原因究明や再発防止にはほとんど意味がない

どんなに被害を訴えても プーチンだのネタニヤフといった暴力依存政権には何の効力も働くことはない

プーチンやネタニヤフを「法の下の平等」に基づいて懲罰を与えても何の解決にもならない

それはヒトラーやアイヒマンを死刑にしても残虐な大量虐殺の原因究明や再発防止には一切なっていないのであって

最も重要なのは「刑罰」という報復暴力そのものが本当の原因究明や再発防止にとって最も無意味なものであり 「殴って解決」という短絡的感情(身体性)こそがヒトの暴力性の根源として働いているのである

誰しも「迷惑者は殴りたい」と主観的に「思う」ものである 私とて例外ではない

「思う」という主観や感情そのものは選択不可能であり 「欲望そのものは欲することができない」のが原理である

「欲することができない」ということは そもそも自己による主体的選択ではなく 先天的結果(本能)以上の意味はない

人間としての知能に必要なのは 選択可能性であり 選択可能であるということこそに人間としての「自由」が存在しているのである



生涯を天動説の立証に費やしてきた者が地動説を受け入れられなくなるのは たかが100年にも満たない人生における価値観を恒久絶対的なものとして錯覚するからであり ドーパミンによって作り出される常習性が真理に対する眼を曇らせるのである

幼少期から虐待され続けてきたヒトが自分の子供にまで虐待をするようになるのも メカニズムは同じである

自分をまるで恒久絶対的存在だと倒錯しているからこそ 異論や反論に耳を貸さなくなる

遺伝的進化に目的論をこじつけ続ける頭の悪い生物学研究者共も 「そう教えらえ そう教え続けてきた」というバカげた連鎖を事後正当化するための言い逃れに他ならない

真理(本当のこと)というのは主観的満足安心を得るためのものではない

厳然とそこにある真理を曇りなく認識する「知」に対する純粋な欲求によって 論理客観的安全性に寄与するための学問が科学や哲学である






Ende;
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

杉山立志

2024年11月13日 13時19分56秒 | 意識論関連

杉山立志(すぎやま りゅうじ:東京農業大学)は

唐辛子は哺乳類に食べられたくなくて辛くなった」などというバカみたいな非科学的説明を未だに続けている

生物の遺伝的進化というものは あくまで自然現象であり 「結果」以上の何ももたらすことはなく たとえ脳がある生物であっても後天的に何を望もうが願おうが呪おうが祈ろうが遺伝的性質に栄養を及ぼすメカニズムは存在していない

ましてや植物が生存や繁殖といった目的に則って自らの遺伝子を選択できるわけもなく 荒唐無稽なデマにしかなっていない

 

 

どうも植物学界隈では未だに遺伝的進化に目的論をこじつける悪しき「伝統文化」がなくならない

東大大学院の修士があろうとも 教えられたことを教えられたまま何の疑いも持たずに鵜呑みにしているバカを研究職に就かせるべきではない

税金の無駄遣いだからだ

 

 

Ende;

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

竹村政春

2024年11月13日 13時09分12秒 | 意識論関連

DNAの複製には、機密文書をコピーして会議のメンバーに配るのとはまったく質の異なる、壮大な生物学的意味が含まれている。

「増える(あるいは維持する)」という生物の複製の仕方は、たとえ最初に「オリジナル」というものが存在したとしても、つくられるのは決してその「コピー」ではない。オリジナルと同等の「別のオリジナル」が新たにつくられる、そういう複製でなくてはならないのである。


 ↗出典:武村 政春


⇨「生物学的意味」など存在しない 生物やその遺伝的進化はあくまで自然現象であり 結果以上の意味は存在しないからである

生物存在に「意味」だの「目的」をこじつけてしまうからこそ 「ヒトという種の生物」存在そのものにまで「意味があるはずだ」などという根拠のないデマがでっち上げられてしまうのである

独裁腐敗政権内部の者にとっては 独裁者に服従し評価を得ることこそが「使命(意味)」だと倒錯しているのであって 特定の集団組織だけに特異な「意味」や「価値」が存在しているはずだという倒錯は そもそも「生物学的意味」などという誤謬(デマ)に基づいたものである

「ヒトだけが特別」ならば 必然的に「自分達だけが特別」という帰結に陥ることになる

生物進化に意味が存在するのであれば ヒトもまた進化のために生存競争を勝ち抜けなければならず 他者を淘汰することも正当化されてしまうことにもなる

生物進化やヒトという種の生物存在自体は単なる「結果」であり その「結果」に対してどのような選択を行うのかに人間性としての目的の有無が存在するのであり

生物種としての「ヒト」そのものには意味などなく 単なる「結果」でしかない

ヒトが差別や迫害を行うのは 自分達の過剰なまでの生存を追求するからであり 過剰であるがゆえに倒錯した殺戮破壊にまで暴走するのである

ヒトとは先天的にはそういうものである

しかし 後天的にそれが無意味であることを学び 知り 理解することができれば殺戮破壊などという不毛な行為を根絶することも可能である

「タカシくんは 優しい気持ちになりました」的な道徳教育が暴力破壊行為の抑止になると倒錯しているからこそ 暴力破壊がなくならないのである

独裁者や犯罪者に道徳の教科書読ませて改心するかと言えば 断言しよう

「絶対にない」

むしろ道徳の教科書に意味がないことに気づかないバカだからこそ独裁者や犯罪者というバカになるのである

つまり 世の中の大半はバカであり 大量のバカによって独裁や犯罪は生まれるのである

スマホ見ながら自転車や自動車を運転しているバカの多さも その証左である

「ハインリッヒの法則」というのは 大きな事象の影には無数の小さな事象が隠れているという法則である

虐殺破壊や懲罰で何かが解決するという重大な倒錯は 無数の「小さなバカ」によって醸成されるのである

被爆者だけが悲惨なわけではなく 宣戦布告も満足にせずに真珠湾を奇襲された被害もまた悲惨なことに違いはない

死んだ人数や後遺症だけで倫理を問うことはできない

にも関わらず「トロッコ問題」で悩んで倫理の問題だと倒錯しているバカしか世の中にはいないのである

悲惨の度合いや程度を訴えても 暴力破壊の根源的原因究明や再発防止にはならない

 

こうした話は多くのヒトにとって気分の悪い話であり 「信じたくない」話であろう

これは いうなれば人類全体の腐敗に対する内部告発である

黙殺無視した結果 暴力破壊が止まらなくても それは私の責任ではない

 

 

 

 

Ende;

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

原因不明の単独死亡事故の可能性

2024年11月13日 12時43分24秒 | 日記

先日 自転車に乗っていて

なんにもない場所でいきなり転倒して頭を強打してしまった

最初 何が起きたのかわからなかったのだが

どうやら左足が後輪に巻き込まれて後輪がロックしたまま足で支えることも出来ずに棒立ちのまま転倒したようである

 

こういうコケ方は非常に稀ではあるのだが

実は若い時にも他人が同様のコケ方をしていて危ないなと思ったことがある

ヘルメットの重要性もあるのだが

何より足を後輪に巻き込まれるという自転車の構造的欠陥が根源的原因である

何せ足を巻き込まれたまま転倒するので 支えることが出来ずに頭から転倒してしまうので非常に危険である

マジで死んだと思ったわ

60年近く生きていて他人と自分の2件しかない極めて稀な事例であるが故に あまり問題視されないのかも知れないが

何せ死んでしまえばほとんど「証拠」が残らないので 「単にバランスを崩した」という分析しかされておらず 原因不明の単独死亡例はこれが原因なのかも知れない

こんな理由で死んでしまうのは理不尽極まりないので

ダイソーでポリプロピレンの板と結束バンドを買ってきて即席の巻き込み防止ガードを作ってみた


自転車メーカーさんも対策した方が良いと思う

 

 

 

Ende;

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

存在の意味

2024年10月15日 12時33分25秒 | 意識論関連

DNAの複製には、機密文書をコピーして会議のメンバーに配るのとはまったく質の異なる、壮大な生物学的意味が含まれている。

「増える(あるいは維持する)」という生物の複製の仕方は、たとえ最初に「オリジナル」というものが存在したとしても、つくられるのは決してその「コピー」ではない。オリジナルと同等の「別のオリジナル」が新たにつくられる、そういう複製でなくてはならないのである。


 ↗出典:武村 政春


⇨「生物学的意味」など存在しない 生物やその遺伝的進化はあくまで自然現象であり 結果以上の意味は存在しないからである

生物存在に「意味」をこじつけてしまうからこそ 「ヒトという種の生物」存在そのものにまで「意味があるはずだ」などという根拠のないデマがでっち上げられてしまうのである

独裁腐敗政権内部の者にとっては 独裁者に服従し評価を得ることこそが「使命(意味)」だと倒錯しているのであって 特定の集団組織だけに特異な「意味」や「価値」が存在しているはずだという倒錯は そもそも「生物学的意味」などという誤謬(デマ)に基づいたものである

「ヒトだけが特別」ならば 必然的に「自分達だけが特別」という帰結に陥ることになる

生物進化に意味が存在するのであれば ヒトもまた進化のために生存競争を勝ち抜けなければならず 他者を淘汰することも正当化されてしまうのである

生物進化やヒトという種の生物存在自体は単なる「結果」であり その「結果」に対してどのような選択を行うのかに人間性としての目的の有無が存在するのであり

生物種としての「ヒト」そのものには意味などなく 単なる「結果」でしかない

ヒトが差別や迫害を行うのは 自分達の過剰なまでの生存を追求するからであり 過剰であるがゆえに逆効果な殺戮破壊にまで暴走するのである

ヒトとは先天的にはそういうものである

しかし 後天的にそれが無意味であることを学び 知り 理解することができれば殺戮破壊などという不毛な行為を根絶することも可能である

「タカシくんは 優しい気持ちになりました」的な道徳教育が暴力破壊行為の抑止になると倒錯しているからこそ 暴力破壊がなくならないのである

独裁者や犯罪者に道徳の教科書読ませて改心するかと言えば 断言しよう 「絶対にない」

むしろ道徳の教科書に意味がないことに気づかないバカだからこそ独裁者や犯罪者というバカになるのである

つまり 世の中の大半はバカであり 大量のバカによって独裁や犯罪は生まれるのである

スマホ見ながら自転車や自動車を運転しているバカの多さも その証左である

「ハインリッヒの法則」というのは 大きな事象の影には無数の小さな事象が隠れているという法則である

虐殺破壊や懲罰で何かが解決するという重大な倒錯は 無数の「小さなバカ」によって醸成されるのである

被爆者だけが悲惨なわけではなく 宣戦布告も満足にせずに真珠湾を奇襲された被害もまた悲惨なことに違いはない

死んだ人数や後遺症だけで倫理を問うことはできない

にも関わらず「トロッコ問題」で悩んで倫理の問題だと倒錯しているバカしか世の中にはいないのである

悲惨の度合いや程度を訴えても 暴力破壊の根源的再発防止にはならない

 

こうした話は多くのヒトにとって気分の悪い話であり 「信じたくない」話であろう

これは いうなれば人類全体の腐敗に対する内部告発である

黙殺無視した結果 暴力破壊が止まらなくても それは私の責任ではない

 

 

 

 

Ende;

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

腐敗の自覚

2024年10月15日 11時27分03秒 | 意識論関連

被害者の話が犯罪や戦争の再発防止になると「思って」いるヒトが多いのだが

それは単なる主観的感動による錯覚であって

犯罪や戦争の再発防止に必要なのは加害者側の話である

津久井やまゆり園虐殺事件においても被害者情報を「再発防止」だとNHKは言い張り情報公開に異常執着したが 国会原発事故調査委員会報告書のどこにも被害者の情報など書かれてなどいないのである

被害者の情報は再発防止には何の意味もないからだ

被団協がノーベル平和賞を獲得したが 被爆者の情報もまた非核化にはほとんど具体的効果がない

そもそも核兵器だけが悲惨なわけではなく あらゆる兵器は全て悲惨な結果をもたらすものであり

プーチンだの金正恩だのといった独裁政権にとって自分達の既得権を保守することだけで頭がいっぱいで被害者の話など「知ったことではない」のである

ここで間違えてはならないのは 独裁者個人に全ての責任があるのではなく 政権組織全体が独裁者のご機嫌取りによって組織内部での評価を優先し 自律的な社会的責任判断を誰もしなくなることによって独裁腐敗政権組織は作り上げられてしまうのである

独裁政権など普遍的に見られるものであり 日本国内においても兵庫県知事体制でも日本大学田中英寿理事体制においても見られたものであり 「ヒトという種の生物」の集団において普遍的に独裁腐敗は起こるものなのであって 民族国籍に関わらずいかなる集団国家においても起きうる危険性を孕んだものである

従って 本当に犯罪や戦争被害の再発防止にとって必要なのは 「ヒトという種の生物」が持つ先天的危険性を認識し 独裁組織腐敗に陥らないようにすることである

そのために必要なのは 組織内部での評価承認を優先して組織の利益を優先せず 組織内部での孤立排除を恐れず 自律的な社会的責任判断をする個人の「意識」である

組織内部の大半が自律的な社会的責任判断をできていれば 内部告発者は孤立や差別排除されずに済むのであって 内部告発者が守られないばかりか組織に対して従順ではない者を差別排除するような組織だからこそ組織に従順なだけの卑劣な者だけへの「蒸留」が生じ 結果的に独裁腐敗政権が出来上がるのである

組織に忠誠忠実であることを ヒトは先天的に「美しい」と安心感を抱き それこそが人間性であるかのように倒錯する習性があるため 組織集団を批判的な者を「敵」とみなして集団攻撃(差別)することを正義だと倒錯する

一旦独裁腐敗政権が出来上がってしまえば 最高責任者にとって気分が良くなる都合の良い情報だけしか誰も言わなくなることで非合理な武力行使へと暴走が始まるのであり これに対して被爆者や被害者の話はほとんど何の効力も持たない

加害者側のこうしたメカニズム構造に向き合わずに被害者の話でいくら主観的に「感動」してもあらゆる組織腐敗に起因する「人災」の根源的再発防止にはならない

 

個人が自律的な社会的責任を負わなくなるのは 自分が属する組織の利益を優先することにより組織内部での評価や報酬を優先するからであり

組織を構成する個人の評価承認欲求中毒こそがあらゆる組織腐敗の根源的原因である

「生きるためには」などと称して個人的生存を最優先してしまえば 誰も自律的な社会的責任など負わなくなるのは必然である

誰も社会的責任を負わない社会で生き続けることを拒否する「意識」こそが人間性でもある

「人が人を殺してはいけない理由」がないのと同時に 「人が人を殺すような社会で生き続ける意味」もまたないのである

「ヒトという種の生物」は 統率的協調性を発揮することによって「大きな力」を発揮することは可能だが  単なる「力の大きさ」は人間性の論証には全くならない

組織内部における利他的行動もまた人間性の論証には全くならない 腐敗組織に「貢献」して何が人間性だよ

ところが生物学者共の多くは先天的社会形成習性に由来する統率協調性や組織内部での利他的行動を論拠に「人間としての社会性」だと言い張り続けているのであり これは動物本能的な社会形成習性としての「社会性」を「人間としての社会性」としてこじつけてきた頭の悪さをはぐらかすための嘘に過ぎない

 

何が嘘で 何が本当なのかを区別理解しないことには「人災」を含めたあらゆる社会問題は解決することはない

「自由意志なぞ存在しない」などと言い張る東京大学の脳生理学者共など論外である コイツらの非論理的な主張を鵜呑みにしている学生やマスコミも結果的に同罪である

戦争被害者や犯罪被害者の「お心に寄り添う」などと称して主観的「感動」を誘うような話に大衆人気が集まるが 主観的に「感動」して満足しても大衆迎合以上の意味はない

 

日本もかつては軍国主義に染まり 亜細亜諸国において蛮行を働いたのであって 戦後に戦犯に罰を与えただけで「なぜ軍国主義に陥ったのか」についての詳細な検証を一切してこなかったのは もはや社会学のみならず政府の怠慢とも言えるものである

ナチス政権においても なぜドイツがナチズムに陥ったのかについての構造原理的な説明はほとんどされていない

加害者側の異常性について論ずることは面倒臭く 非常に回りくどいようにも「見える」かも知れないが どこの国家民族においても生ずる普遍的な「ヒトという種の生物」が持つ先天的本能習性に起因する危険性を自覚認識しないことには加害(人災)を根絶することなどできないのである

 

ヒトの多くは被害者の話で「お涙頂戴」的に気分的満足で何かが解決すると倒錯し

加害者に刑罰を与えて満足するが

この2つの行為には加害のメカニズム構造についての検証が全く欠けているのであり だからこそ懲役刑の再販率は50%にも及ぶ無駄なものでもある

司法制度によって「懲役○年」などと決定したところで 服役囚が治って(更生)していようがいまいが年数だけで出所させてしまう現状の刑法制度には 本質的な犯罪の原因究明と再発防止の手順が一切含まれていないのである

判事が決定した懲役年数を経過した後 出所後に被害が出ても判事はもちろんのこと 司法役人の誰も責任の所在などない

恐ろしいことに 出所後の更生は「社会の責任」などと称して民間に責任を丸投げしてくる無責任さを 国民の誰も疑問には「思わ」ない

なぜ「思わ」ないのかと言えば 国家政府のやることには疑問を持たない従順さや忠誠忠実さを国民が発揮しているからである

ヒトは集団になるとバカになる

多数が「思わ」ないことなら それこそが「正常」だという主観的感覚があるからこそ 独裁腐敗政権は作り出されるのである

子供のイジメにおいても 兵庫県庁や日本大学の独裁腐敗においても 「怖い相手に逆らわず 多数派に同調する8割の傍観者」によって組織腐敗は生ずるのであり

「ヒトには先天的に人間性ガー」などという生物学者共のデマで満足しているマスコミや大衆の頭の悪さは結局は「同罪」なのである

言っておくが私は刑法廃止論者であり 罰でどうこうしようとは一切考えていない

間違いを素直に認め 同じような間違いに陥らないように知識財産とする危険学や失敗学のメソッドこそが あらゆる「人災」の再発防止になるのであって 先天的な頭の悪さにいくら罰を与えても意味がない

「過ちて 過ちを認めず これ 本当の過ち」

ヒトの脳には可塑性があり かつて地動説を火炙りにしていたヒトが 今では天動説を笑っているのである

バカ共はすぐに「時代ガー」だの「文化ガー」などと言い逃れやはぐらかしをしだすが 時代だの文化というものは多数によって作り出された「空気(雰囲気)」の産物に過ぎず 実体などない

実存しないものに惑わされているから「バカ」なのである

論理的に検証して 何が真実なのかを区別できれば あらゆる実体のないデマや嘘は駆逐可能である

単に学力偏差値が高く 教えられたことを漫然と鵜呑みにするだけのバカに権力を与えるから バカげた独裁腐敗組織が出来上がってしまうのである

時速100km/h以上の速度超過で事故を起こしていながらも「制御できていないとは言えない」などと称して危険運転致死傷罪を適用しない検察だの

馬乗りになって包丁で何度も刺しているにも関わらず 「殺意がないから傷害致死」だと言い張る非常識な検察官がいなくならないのは 学力偏差値が高いだけ(若しくは記憶力が良いだけ)で自律的には何も考えられないバカが検察官に採用されているからである

誰が本当のバカなのか それを認識できないのも バカだからである

そりゃ戦争も虐殺もなくなんねぇよ

 

 


Ende;

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

機能するかは不明

2024年09月26日 15時08分46秒 | 日記

河川堤防にこういう階段がある

何か好き

 

地方の駅のプラットホームにこういう階段もある

危ないんだけど なんか気になる

 

ジェットエンジンの噴射口っぽいもの

 

タービンっぽいもの

機能するかは不明

 

 

Ende;

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

汚いセキュリティー

2024年09月26日 14時59分14秒 | 日記

マカフィーリブセーフがいつの間にか30日以上経っていて無料期間が過ぎたので

ライセンスキーを入力しようと思ったんだけど

指示通りにクリックすると購入サイトにしか飛ばされなくて

パソコンと同時購入したライセンスが取れない

 

実はアプリ上の左側にあるところから入力できたのだが

そのことはどこにも書かれておらず多重購入を促すように仕掛けられていた

 

汚いわ マカフィー

 

 

Ende;

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

いいなぁ

2024年09月26日 14時46分05秒 | 日記

ニコンのカメラ

クソかわいい

 

 

スズキのモペッド

まだ開発途中

 

 

 

Ende;

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

って おもいました。

2024年09月10日 00時43分24秒 | 日記

単管パイプ的なもので三脚造ったら頑丈そうだな

って

おもいました。

 

 

Ende;

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ボディプロテクター

2024年08月28日 11時20分19秒 | 日記

小さな子供が自動車衝突の際にシートベルトで内蔵破裂や頚動脈断裂の危険性があるんだとか

とはいえジュニアシートも面倒という

だったら体の前に樹脂製の板的なものを介しておけばシートベルトが食い込むのを抑止できそうな気がする

これ 大人でもあると安全かも

 

Ende;

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フィレットの非対称

2024年08月28日 09時15分27秒 | 日記

面取りに対するフィレットのかかりかたが非対称になる

試してみたら面取り角度によっても異なる

一番左は面取りを後からしたものだが 中央は面取り角度30度 左は45度

面取角度が30度だとフィレットが非対称になりがち

場合によって45度でも非対称になることがある

 

 

 

蛇口

 

 

Ende;

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

死亡認定777件

2024年08月28日 09時07分05秒 | 日記

新型コロナワクチン予防接種健康被害救済制度というのがあって

申請するのはかなり面倒らしい

申請:11773件
審査済み:10169件
認定:7970件
うち死亡認定:777件

死亡認定については科学的因果関係の有無に関わらず疑いがあるだけの場合でも認定されるという

新型コロナで死亡するケースと比べれば少ないとは言えるものの それなりにワクチンでも死んでしまう疑いがあった

当初から心筋筋膜炎症が問題視されてたが

心筋以外の筋膜炎症も報告されているという

 

ワクチンに都合の悪い話は今までほとんど報道されてこなかったのは どういうことなんだろう

報道機関が国家政府に忖度してたんじゃなかろうか

こういう変なことするからネット上でデマや陰謀論が拡がる原因になる

NHKは「信頼できる報道機関」だとか標榜しているが

必ずしも100%は信頼できない

未だに進化生物学上の「生存戦略」だとか言っているし

東京大学の脳科学研究者による「自由意志など存在しない」などというとんでもないデマ報道も訂正したことはない

一体何様のつもりなんだろう

また組織内部で忖度してるのではないか

 


Ende;

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

真偽の判定

2024年08月19日 11時41分43秒 | 意識論関連

ヒトはなぜ独裁に陥るのか

その根源的原因は「個人が自律的に社会的責任を負わずに権威に服従忖度する多数に迎合同調するから」である

さらに その原因とは ヒトという種の生物は権威に服従することこそが主観的に安心満足する先天的本能習性にある

ヒトに限らず「社会性」を持った脳を持つ生物は主観的に怖い相手に逆らわず 命令のままに服従することが生存や繁殖の継続にとって有利に働いた結果的適応進化したからである

脳内ホルモンであるオキシトシンは 仲間や家族に対する絆や安心を促すと同時に 仲間以外に対する差別排除感情をも促すように大脳辺縁系に先天的本能として組み込まれている

そういう情動本能を持った個体種への淘汰圧力が働いた結果であり 遺伝的進化というものはあくまで「死なずに生き残った」個体種への収斂という結果以上の何ももたらすことはなく いくら戦争の悲惨さを語り継いでも戦争をしないようにヒトが進化する淘汰圧力など存在しないからこそ 未だにヒトは殺し合いを繰り返し続けているのである

 

頭の悪い多くのヒトは 独裁や組織腐敗の原因というものが古典的書物から見いだせるものだと倒錯しているが 原因が既にわかっていれば戦争なんぞ起きないのであり 最も根源的な原因とはヒトの先天的本能習性に起因し 決して都合よく「戦争をしないように進化する」ことなどないことを誰も理解していない

独裁や組織腐敗が起きると ヒトの大半はトップの責任だけしか言及したがらず 日大の組織腐敗においても「組織は頭から腐る」などと称して理事長周辺だけに責任を押し付けて組織に属していた個人には責任がないかのようにはぐらかす

東京電力福島第一原子力発電所においても「組織の体質ガー」などといったはぐらかしが横行したが そもそも「組織の体質」というものが組織を構成する個人によって情勢されるものであることから目を背けるための屁理屈にしかなっていない

イマヌエル:カントの「純粋理性批判」における「理性を超越した悟性」だの「純粋統覚」だの「叡智界」といった話に論理的根拠や証拠や証明が何もないカントの勝手な妄想に過ぎない話に100年以上誰も「哲学権威」性に誰も疑うことをしない盲目的服従性が働いているからに他ならない

そもそも「理性を超越」している時点で論理的根拠や証拠を放棄しており もはや「真理を追求する」という哲学の大原則すら逸脱していることを誰も言及していないのである

これは「バカ」としか名状し難い人類全体の大失態である

 

ヒトという種の生物は 主観的に安心満足できる話ばかりを信用したがる習性があり

多数派や 多数派によって承認された権威の話ばかりを盲目的に鵜呑みにし 自律的に「それはなぜ そう言えるのか」といった哲学や科学の最も基本的な論理的思考というものを働かせようとはしないものである

現状の「哲学者」共は やたらと「答えを出してはいけない」などと主張したがるが この主張には論理客観的根拠は一切なく ただ「哲学者」共が既存の権威性や既得権益を維持保守するためのはぐらかしにしかなっておらず

「論理的な真偽の判定」という哲学の最も根源的役割すら放棄し 根拠のない既存の妄想すらも「哲学」として維持温存し続けるためのはぐらかしに他ならない

 

戦争がなくならない原因とは プーチンやネタニヤフだけが問題なのではなく それら独裁政権を支える多数の組織構成者個人の無責任の集積であり また こうした無責任性の原因というものに真摯に向き合わない大多数の衆愚による哲学界や進化生物学会の組織腐敗の放置も同罪である

 

ヒトの多くは被害の悲惨さを語り継げば加害がなくなると錯覚しているが 原発事故や虐殺事件などの「人災」の原因は被害者にはない

国会原発事故調査委員会報告書のどこにも「被害者の情報」など記されておらず 加害者側 「失敗者」側の失敗例こそが本当の「原因究明」になるのであって それは戦争や犯罪においても何ら違いはない

ここで勘違いしてはならないのは 失敗者の主張を鵜呑みにしてはならないということである

日大の組織腐敗において「組織は頭から腐る」だの 東京電力福島第一原子力発電所において「組織の体質ガー」といった組織のトップだけに責任をなすりつけ 組織を構成している個人の「意識」をはぐらかす言説の方が圧倒的に多いからである

これは他人事ではない

イマヌエル:カントの「純粋理性批判」を100年以上も「哲学」だと倒錯し続けてきたのは 「哲学者」共の肩書権威性に逆らおうとしない大多数の高学歴なだけの愚民によって温存されてきたものであるからだ

フリードリヒ:ニーチェなんぞ論外である その内容はほとんど全てニーチェの主観的「感想」であって ただの個人的好き嫌いの多数決だけで「哲学」だと倒錯され続けてきたに過ぎない

「できそうにないことは やらない方が良い」などという言説は 「できそうにない」かどうかという主観的判断に基づいたものであって 何一つ論理客観的根拠や証拠を伴わぬ「怠惰怠慢のための言い逃れ」に利用され続けてきた

怠惰怠慢を唆されて鵜呑みにしたのも 「哲学」という権威性への盲目的服従性による主観的安心を優先するヒトの本能習性に起因するものである

「哲学書」をいくら読み漁ってもデマや詐欺に騙されなくなることなどない

そもそも現状の「哲学書」の大半はデマや風説や倒錯でしかないからだ

そして何より 進化生物学における「生存戦略」などという大誤謬を認識しないからこそ 「ヒトは進化する」などという科学的には何の根拠もないデマもなくならず 「進化的に平和を求めるようになる」などという大嘘を学力偏差値が高いだけのバカ共が誰も言及しないからこそ 戦争を含めたあらゆる「人災」の論理客観的な根源的原因究明が進まないのである

 

生物の遺伝的進化には「目的」などない

「目的」のないものに「戦略」など当てはまらない

従って「生存戦略」という概念は全て嘘 若しくは誤謬(大間違い)であり

「結果」的に絶滅せずに現存している生物種だけを「生物」と分類しているだけであって「生き残れたから頭が良い」訳でもなんでもなく 「絶滅しなかった」という「結果」以上の何も遺伝的進化のアルゴリズムには働かないのである

遺伝的進化というものは チャールズ:ダーウィンが主張するように「自然現象」であって ヒトなどの個体にとっても 人類全体にとっても都合よく働くようなものでは決してない

遺伝的進化というものは あくまで過酷な自然界における強力な淘汰圧力の下において生ずる「結果」であって 何度戦争を繰り返しても むしろ「より凶暴な人種への品種改良」への淘汰圧力としてしか働くことはない

「日本が79年間戦争をしていない」のは 単なる地政学的要因によるものであって 80年前には「鬼畜米英」「1億玉砕」を鵜呑みにしていた凶暴性も持っているのである

そして こうした凶暴性というものは 未だに他の国では発揮されており 人種や民族や国籍に限らず「ヒト」という種の生物全般に普遍的に存在している先天性の認知的欠陥に因るものである

 

こうした「先天的本能習性」の話をすると バカはすぐに「先天的本能なら逆らえない」などと言い出すのだが 「殴りたいと主観的に思ったから 殴る以外の選択肢など存在しない」と言っているのと同義であり 「意志薄弱なバカの主張」でしかない

東京大学の脳科学研究者が「自由意志など存在しない」などと主張しているのも 奴らが承認欲求中毒に侵されていて「褒めて貰えないと誰も科学なんぞしない」などと主張しているのも証拠である

科学というものは他人からの評価承認に依らずに 純粋に真理真実を見極めたいという好奇心から探求されるものであって 大多数がバカで誰も理解できようができまいが関係がないのである

ガリレオ・ガリレイが火炙りにされそうになってでも「それでも地球は回っている」と主張したのは それこそが科学的真理だからである

「今の科学は進んでいるので 間違った論説なんぞ一切学術権威の主張にはないはずだ」と 多くの愚民やマスコミは主観的に「思って」いるが

そう主観的な「思い込み」こそが生物学界や哲学界のデマ誤謬を傍観放置し 組織腐敗の温存を助長しているのである

 


戦争がなくならないのは 何が真実で何が間違いなのかを誰も区別していないからである

 

 

Ende;

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

可読性の悪さは自慢にならない

2024年08月09日 11時19分57秒 | 意識論関連

NHK高校講座(数学)で対数の話をしておったんだが

指数でも表現可能な値をわざわざ対数で表現して計算するというのはプログラミング言語的に見て「可読性」が悪すぎて嫌がらせとしか思えない

わざわざ可読性を悪化させておいて難解にすることが「頭が良い」わけではない

一方 他の学科では「わかりやすくすること」が求められるにも関わらず 数学だけはあえて難解な表現を求めることで成績評価とするのは そもそもおかしな話である

プログラミングでも対数などの数学関数を用いることはあるものの 関数として中身は隠蔽されており 使い方だけわかっていれば良いのであって 数学が得意でも論理思考の成立しないバカは多いものである

スマートフォンを使うためにCPUの動作原理を知る必要はないし 自動車を運転するのにエンジンの構造を知る必要もない

逆にいえば「水道の蛇口に輪ゴムをかけてはいけない」とか 「自転車のチェーンには注油が必要」といった実用的知識は学校ではあまり教えない

数学関数についても その内部動作を知っているかどうかはプログラムを組む上においてあまり重要ではない

が どの関数をどう用いるかにおいては論理思考は必要であり 後から自分や他人が読んだ際に読みやすいかどうかの方が重要である

MicrosoftWindows11で未だに画面セパレーターが動かなくなるという Windows95時代からのバグが継承され続けているのは Microsoftのエンジニアが可読性の悪いAPIを作ったのが原因であろう

多分

しらんけど

地下鉄に毒ガスを撒き散らした東大医学部の学生も さぞかし数学が得意だったに違いない

「数学が得意なら論理思考ができる」と思っているバカが多いものだが 数学の成績が良い者が進化生物学上の重大で根本的な誤謬を指摘したことはないし 哲学における根拠のない主張に指摘したこともない

記憶力が良ければ 「解き方」も大量に憶えることは可能であり 解答速度もさぞかし「速く」なるであろうが それは「教えられたこと」という既知の知識を「教えられたとおり」に答える能力を測っているに過ぎず

「誰からも教えられていないこと」に気づく本質的知能とは全く無関係な基準に過ぎない

高校数学レベルでも論じることは可能とも言われたアインシュタインの相対性理論の思考能力については 学力偏差値では全く測ることはできなかったのである

未知の知見に関して 後から「大したことはない」と揶揄するのは簡単だが その「大したことはない」ことにすら気づかない頭の悪さを自覚すべきである

これらを踏まえても 学力偏差値というものは本質的知能とは無関係であることが「立証」されているのである

 

とはいえ 別に「学校の勉強なんぞしなくても良い」と言っているわけではなく 「学力偏差値を他者と比較して順位序列をつけること」に意味がないと言っているのである

重要なのは 生徒個人が「自分の得手不得手を知る」ことであり 学力偏差値に現れない比較不能な個人の能力においては比較そのものが全く無意味なのである

わざわざ難解な表現を強要して生徒同士の順位序列をつけても「頭が良くなる」わけでも「社会の役に立つ」わけでもない

そのこと自体に「気づかない」時点で 「教育者」と分類されている「お受験ビジネス利権者」共によって学問が独占(汚染)されていると言えるのである

学問というものは社会の役に立つことが目的であって 就職や金儲けに有利になるための利己的利益や社会的序列のためにあるわけではない

そこにいつ気づくの? 今でしょ

下手すりゃ手遅れかもね

知らんけど

 

應大学出身でありながら東大出身者に「イジメ」をするようなバカがいなくならないのは 「学力=知能」だという論理的根拠の伴わない大衆観念に誰も気づかないバカしかいないのが根本原因である

慶応大学を卒業できてもイジメという重大な社会問題に全く意識が働かないバカなのでは そりゃ学校でのイジメがなくならないのは必然というものである

イジメという差別に意識が働かないからこそ パレスチナやウクライナでの虐殺も起こるのであって

物事の根源的原因について論理的に理解する知能が誰にも働いていないからこそ人類はバカが治らない

 

 

Ende;

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする