書き逃げアンドロイド。

副交感神経が優位になるような写真が好き。

身体性と知能に相関はない

2024年11月28日 01時34分27秒 | 意識論関連
「身体性が知能を作る」という話は著しい欠陥がある

脳性麻痺などで身体の自由が効かない場合に知能が作られないわけではなく

犯罪者の大半は五体満足な健常者であり 一般的なヒトと身体性に違いはないが にも関わらず犯罪という非合理な行動を採ることがあるのは 身体性は知能とは無関係であることの証左である



身体性と知能(脳)の関連性を主張したのは養老孟司であり 養老の論説は論理整合性や論理的根拠に乏しく支離滅裂な衆愚迎合的ペテンに過ぎない

ヒトの大半は「文武両道」などといった何の根拠もない観念に囚われ 柔道の有段者であるプーチンの存在を全く無視しているバカげたデマに他ならない

こうした大衆迎合的な「実証不能の観念(デマ)」にとって都合の良いこじつけこそが養老孟司の「脳化社会」云々の屁理屈であり 「皆さんは電車やバスを使うから脳化している 私は禁煙と書かれた看板の前で煙草を吸うから脳化していない」などという支離滅裂な論説を展開するキチガイである



明らかに支離滅裂な話であっても多数者に「話題」になり著作販売部数に伴う世間的成功だけを根拠にヒトの大半は疑うことや検証することを一切しなくなる



バカであるということは知能が働いていないという意味である

何が正しくて 何が間違いなのかを区別認識できて 初めて知能と言えるのであって 身体性と知能は関係がない



ヒトというのは先天的に主観的に気分が良くなる話をする相手を「頭が良い」と主観的に「思う」傾向があり 養老孟司だのイマヌエル:カントを盲目的に鵜呑みにし 自分の頭で物事の真偽を検証しなくなる先天的な頭の悪さを持っているのである

「人間は叡智界に属している」などという 大衆にとって気分が良くなるような根拠の乏しい幻想を抱きさえすれば 大衆は何も疑わずに鵜呑みにし 100年以上もの永きにわたり「近代哲学の最高峰」などと形容し続けてきたのである



世間では私のことを異端変人扱いしているが 私の論説に対する論理的反証など一切なく 単なる印象操作によって「なかったこと」にしようとはぐらかしているだけである

それは既存の哲学界や生物学界の既得権益や体制の維持を目的とした悪質なはぐらかしに他ならない



*************


人工的に知能が作れるかと言えば 特定能力においてヒトを超えることは簡単である

走る速度が市販のモビリティの方が生身のヒトよりも優れ 力においても重機の方が圧倒的に優れているのと同様 チェスだの将棋だの円周率や素数の算出や記憶容量や速度においてヒトの脳よりも優れているのは当然のことであり こうした特定能力も「知能の一つ」とは言えることは出来ても「人間としての知能」として機能するわけではない

大規模言語モデルも所詮は「正解データ」の多数決で決定しているに過ぎず 学習させている「正解データ」に依存した答えしか導き出すことはできない

MicrosoftのTwitterAIがSNS上の大量のヘイトスピーチを「学習」することでヘイトスピーチに便乗するようになったのも 漫然とSNS上の言語を「正解データ」として学習させた結果であり AIというのはあくまでヒトが「何が正解」なのかを誘導しなければ平気で差別迫害などの非人道的言動もする単純なものである

言動が非人道的であるならば 必然的に行動も非人道的になりうる可能であり 軍事用AIなら「敵」を「学習」させれば殺人も平気で行う

また SNS上の膨大なヘイトスピーチをAIが「学習」してしまう程にヒトという生物は差別排除が好きであることの論証でもある

ヒトという種の生物は 他者と自己との間に順位序列を決定し 「自分よりも下」とみなした相手を攻撃することによって集団組織内部での地位を確保しようとする先天的習性がある

一方で権威とみなして「自分よりも上」とみなした相手の発言には何の疑いも持たずに短絡的に鵜呑みにする習性もある

こうした習性はイヌ科動物に多く見られる「社会性(先天的社会形成習性)」と全く同じものであり 動物の「社会」では差別排除こそが群れ(集団組織)の中において生存や繁殖に有利に働いたことで進化的に研ぎ澄まされてきた本能であり

ロシアで行われたギンギツネの人工繁殖実験においてほんの数世代で多種多様な個体変異が起きるにも関わらず 実際の自然界において均一な見た目や性格のギンギツネしか生息していないのは ギンギツネの群れの中での差別排除による淘汰が常に働いているからに他ならない

少数異端を排除することによって 既存の集団組織の体制や既得権を維持することこそが 生存や繁殖において有利に働くが故に ヒトは簡単に洗脳状態に陥り組織腐敗体制に加担するようになるのである



「多様性が重要」と言いながら 実際には少数異端を差別排除し一切耳を貸さず 多数の認証した権威肩書を盲目的に信用して主観的に安心満足することしかしないのが「ヒトという種の生物」である

だから組織腐敗が蔓延するのである

多様な意見論説の中から 何が正しくて 何が間違いなのかは多数決で決定されるべきものではなく 論理客観的に検証されるべきものである

科学や哲学は多数決ではないのである

民主主義は多数決で決定される「制度」ではあるが 制度手続きが常に正しい結果をもたらしてくれるわけではなく 民主主義制度であっても民衆がバカなら「バカ主義」にしかならない

だからこそ 多くのヒトが「バカではなくなる」必要性がある

バカではなくなるために必要なのは 自分のどこがどのようにバカなのかを自覚認識することであり 

それは主観的に「自分はバカだ」と気分的に落ち込むことでもなければ 自分の頭の悪さを他人の所為にすることでもなく 論理客観的に真偽を検証する冷静な慎重さこそが最も重要である



ヒトというのは「これさえやっときゃ頭が良くなる」的な短絡的で安易な方法論に飛びつき それが本当に正しいのかどうかを客観的に検証することなく盲目的に信奉していれば安心満足感が得られるものである

こうした脳の先天的性質こそがヒトの頭の悪さの根源であり 世界中で蔓延する組織腐敗や洗脳のメカニズム構造である

腐敗組織集団に同調し迎合し忖度し服従することによって 腐敗組織内部での地位権益を得ることを「自分は頭が良い」と倒錯する

これはナチス政権下のユダヤ人絶滅収容所の吏官アドルフ:アイヒマンの行動原理そのものである

差別排除という加害に便乗しておけば 少なくとも被害者側にならずに済む それを「生き残るため」などと称して絶対的正義に掲げるからこそ ヒトは馬鹿げた組織腐敗を傍観放置するようになるのである

被爆者団体という被害者団体がノーベル平和賞をとったが 被害者情報は加害の原因究明や再発防止にはほとんど意味がない

どんなに被害を訴えても プーチンだのネタニヤフといった暴力依存政権には何の効力も働くことはない

プーチンやネタニヤフを「法の下の平等」に基づいて懲罰を与えても何の解決にもならない

それはヒトラーやアイヒマンを死刑にしても残虐な大量虐殺の原因究明や再発防止には一切なっていないのであって

最も重要なのは「刑罰」という報復暴力そのものが本当の原因究明や再発防止にとって最も無意味なものであり 「殴って解決」という短絡的感情(身体性)こそがヒトの暴力性の根源として働いているのである

誰しも「迷惑者は殴りたい」と主観的に「思う」ものである 私とて例外ではない

「思う」という主観や感情そのものは選択不可能であり 「欲望そのものは欲することができない」のが原理である

「欲することができない」ということは そもそも自己による主体的選択ではなく 先天的結果(本能)以上の意味はない

人間としての知能に必要なのは 選択可能性であり 選択可能であるということこそに人間としての「自由」が存在しているのである



生涯を天動説の立証に費やしてきた者が地動説を受け入れられなくなるのは たかが100年にも満たない人生における価値観を恒久絶対的なものとして錯覚するからであり ドーパミンによって作り出される常習性が真理に対する眼を曇らせるのである

幼少期から虐待され続けてきたヒトが自分の子供にまで虐待をするようになるのも メカニズムは同じである

自分をまるで恒久絶対的存在だと倒錯しているからこそ 異論や反論に耳を貸さなくなる

遺伝的進化に目的論をこじつけ続ける頭の悪い生物学研究者共も 「そう教えらえ そう教え続けてきた」というバカげた連鎖を事後正当化するための言い逃れに他ならない

真理(本当のこと)というのは主観的満足安心を得るためのものではない

厳然とそこにある真理を曇りなく認識する「知」に対する純粋な欲求によって 論理客観的安全性に寄与するための学問が科学や哲学である






Ende;
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