犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

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書の独習 その2.つぎの十日、草隷

2016年11月22日 | 書の道は
[あらすじ] 楷書を5日、行書を5日といった調子で
どんどん食い散らかしてゆくよ。

草書が読めない。
異なる形もくずすと同じになったり、
とっても似た形だけれど違うものだったり。
おぼえきれない。

子どもの頃、母が言っていたことを思い出す。
草書は書くためのもので、読むためのものじゃないから。
そうは言っても、なぜ書き記して遺すかと言ったらやっぱり後で読むためだろう。
読めなきゃ書いても意味無い。

草書を読めるようになりたい。
書けるように練習したら読めるようになるんじゃないだろうか。
そう思って練習し始めてみたが、やはり、行書以上におぼえる事が多い。

行書以上に書きやすさを追及しているので、書くのは気持ち良い。
ひとふでで動き回る間に、抑揚を付ける。
これがおもしろい。

しかしいかんせん、おぼえる事が多いので、身に付けるには時間がかかりそうだ。
後回しにしよう。

てっきり行草は楷書をくずしたものだと思っていた。
ところが、行草は隷書をすばやく書くためにできた書体だということだ。
だから、草書の形の中には、楷書から考えると理解しにくいものがあるが、
隷書から考えると分かるものがある、という説明を読んだ。

ということは、草書を学ぶためには、隷書を知っておくと良さそうだ。
隷書はなにやら、楷書より重々しい雰囲気があって、かっこいい。
練習してみよう。

今までの手軽な入門書では、隷書は扱っていない。
生活の中で隷書を書く必要なんか無いからだ。
そこで、図書館から隷書の教本を借りてきた。
これが、良い本だった。

隷書は、横画の尻がヒラリと舞う、波磔という筆法が特色だ。
どんな書法でも横画の練習から始まるが、隷書はこの最初の練習が肝というわけだ。
楷書だったら、横画のしまいのところはしっかりと止める。
それをヒラリとやらかすというのだから、まるで筆使いが違う。

この他にも、今まで「漢字」のルールだと思っていたけれど
それが実は「楷書」のルールに過ぎない、と気付いた事が数々ある。
楷書しか習ったことが無かったから、楷書=漢字になってしまっていたのだ。
これはしたり。

つづく


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