犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

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犬15歳

2020年07月25日 | 犬と暮らす
雑種の保護犬で、誕生日まで判っているのは珍しいのではないかと思う。

[あらまし] 飼い犬ジーロくん去勢オス15歳慢性腎不全癲癇もち。

15年前の8月の十日頃だったか、私は初対面の男女の車に乗せてもらって、
仔犬を見に行った。
荒川に近い所にある土建屋にいるのだという。

荒川と新河岸川の間の地域である。
土建屋や運送屋や自動車工場や板金屋や精密機械屋や土管屋や鉄工屋や印刷屋や。
川の間の低い土地に、中小の工場が立ち並んでいる。
川の水がちょいちょい溢れていた頃からの名残りか、
区画整理が進んでいない。
広くない未舗装の道を大型車が走る。

私は自分で車を出すと言ったのだが、同行の女性が
「女性だけでは危ない、車を出してくれる人がいますから、
男の人と行ったほうがいい」と強く言う。
私の頭の中で、ものすごい荒くれタウンの想像が広が
らないわ。

行ってみたら、自分の勤め先となんら変わらない
プレハブ2階建ての会社だった。

飯場も
「はんば」で変換されないので調べてみると、
どうやらこの言葉は今ではあまり良い意味では使われないらしい。
建設業などで働くおっちゃんらの宿泊施設である。
そこに「=不潔」「=のんだくれ」「=貧乏」「=無学」「=前科者」などなど、
他のイメージを含めた言葉になってしまっているのだろう。
それ、差別だってば。

ちなみに、wikipediaで「飯場」を見ると、プレハブ2階建ての写真が使われている。
まんまだ。

その土建屋の敷地の中に、犬小屋があった。
小屋は有るけれど、散歩させるわけでもないので、
適当な時に放してやるらしい。
そりゃどこやらで孕むわな。

小屋は大きくて頑丈なものだった。
分厚い合板でしっかりと作ってあった。
おっちゃんらの技術が活かされていた。



私が行った日は生後2週頃だった。
仔犬は7匹いた。
小屋の中にいたのをおっちゃんがつまみ出して見せてくれた。
早い者は目が開き始めていた。
母犬の餌皿に入れてあるドッグフードをかじって食べる者もいた。
歯もまだ生え始めたばかりなのに。

私は、飼うならメス犬、と決めていた。
それまでに飼ったのが2匹ともメスで、優しくて良い犬だったからだ。
後で聞けば、メスのほうが気が強い、というのが犬好きの中では定説のように言われている。

7匹のうち1匹だけメスだった。
私に選択肢は無かった。



犬好きなおっちゃんが、気に入りの1匹を選んで、一緒に寝たりしたという。
数時間おきに母犬の乳を飲むので、それはよろしくなさそうだが。

仔犬の引き取り手を探す気など無く、
「大きくなったら川に流せばいい」などと言う。
穏やかでない。

ボランティア団体が急いで行動したのは、こういったあたりが理由になったのだろう。



その後、いろいろあって、結局、生後5週の頃に
母犬と6匹の仔犬が我が家に来ることになった。
1匹は既に里親が決まった、という。

生後5週で?
母犬と離すには早過ぎやしないか。

と思ったら、2日後、我が家に来ることになった。
「2日2晩鳴きとおし。こんな犬飼えない。」
と言われたそうだ。

当たり前だ!
たった生後5週で離されちゃ、鳴くわ!
里親さんの発言は冷たく聞こえるが、ボランティア団体の判断に誤りが有ったと私は思う。
泣き虫の仔犬は新しい首輪を付けてもらい、
段ボール箱には「けんた」と名前が書いてあった。



決めていたメス犬と、その後貰い手の付かない「けんた」の2匹を飼うことにした。
母犬と7匹の仔犬を世話していて判ったが、
そのメスは7匹中最強で、けんたは7匹中6位だった。

生後2週で見に行った時の犬小屋の写真を見ると、
けんたは見えない。
いや、よく見ると、一番奥にかろうじて写っている。

とんだ組み合わせだった。
最強のメス犬に支配され、けんたは何事も譲るジーロへと成長した。



4年前、メス犬は3ヶ月ほどの不調を経て、死んだ。
ピンピンコロリと言って良いか。
ピンピンが激し過ぎたくらいだが。

それからはジーロの余生である。
穏やかな日々がやっと来た。



そして、老いた。

慢性腎不全という診断を得てから、毎日、皮下点滴をするようになって、
一年あまり経つ。
そんな中で、数年ぶりに癲癇の大発作を起こした。

後肢がもつれるが、家の中を歩き回り続ける。
自分で横たわって寝ることをしない。
ウンチをする姿勢が保てず、支えてやらないとウンチの上に尻餅をついてしまう。

爺さん、
誕生日おめでとう。

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