この場所で夕方撮影するのは初めて
バックライトに浮かび上がった桜並木が予想以上に美しかった
おのればえしている菜の花が
もっと広がってくれていたらと夢想した
夜間撮影を挟み、挑んだ早朝
右横手にある防風林などに微妙に阻まれて、朝の斜光が桜に届かず
ようやく日が差したときには、周囲はすっかり明るくなっていた
【桜並木と岩手山~小岩井農場にて 2021.04.22&23撮影】
この場所で夕方撮影するのは初めて
バックライトに浮かび上がった桜並木が予想以上に美しかった
おのればえしている菜の花が
もっと広がってくれていたらと夢想した
夜間撮影を挟み、挑んだ早朝
右横手にある防風林などに微妙に阻まれて、朝の斜光が桜に届かず
ようやく日が差したときには、周囲はすっかり明るくなっていた
【桜並木と岩手山~小岩井農場にて 2021.04.22&23撮影】
タイミングが合わずに撮影できなかったオクラの花。今朝きれいに咲いていた2輪のうちの
ひとつを写せました。オクラの花は大ぶりで美しく、それだけでも楽しませてくれますし、
咲いた後はほぼ確実に実がつくので、数日後にはふたつ収穫できることが確約されます。
明日もひとつ収穫できそうです。
今朝は市販のものと遜色ないくらい立派なオクラとピーマンがとれましたよ。
6月23日木曜日、朝の青空と暑さから、本能的に梅雨明けと本格的な真夏の到来を
察知し、実感しました。そのあまり根拠のない個人的な観測を裏付けるかのような
週間天気予報の晴れマークが続いていて、もし本当にこれで梅雨が明けたのだとしたら
異常に早く、短い雨の時期だったことになります。雨だと通勤も大変で、なにかにつけ
晴れのほうが段取りがいいことは確かながら、降る時にはそれなりに降っておいて
くれないことには、あとあと困ったことになりはしないかと、それはそれで心配
なんですよね。
フダンソウ(うまい菜)の収穫です。明らかに生育速度が落ち、品質も劣化しました。
一応追肥しておきましたが、これ以上の引き伸ばしは酷かもしれず、今回が最後の
収穫となる可能性のほうが高そうです。ここまでよくなってくれました。
大長ナス、ピーマン、オクラを収穫しました。このところ連日のようになにかしら
取れ続けていて、全般順調です。ただ今年は、昨年ほとんど見かけなかったナメクジが
散見され、被害を受けています。
こちら側からの角度のほうがナスビに開けられた穴がわかりよいでしょうか。
この程度の食害ならば、まったく差し障りなくいただけはしますけど、あまり
気分のいいものではないですよね。
ゴーヤ収穫第一号となりそうなぶら下がり。
マツバボタン。
今日も晴れましたが不安定で、午後短時間ながら雷雨もありました。梅雨明けを告げる
雷だったのかも?
宣言以降、梅雨らしい愚図つき気味の天気が続いている和歌山市です。本日は中休み、
天日を利用した作業をできるだけしておきました。
大長ナスとオクラを初収穫しました。ナスビは先日小さいのをすでに収穫済み、天ぷらに
していただくととても美味でしたが、数量のカウントはここから始めます。本日分は、
今晩さっそく焼いていただきます。オクラは昨日ひとつずつ花を咲かせていたので、
近いうちにまた2個収穫できるでしょう。
多くの花を咲かせているゴーヤ。近々収穫も始まると思われます。
たくさん花を咲かせているマツバボタン。
色違いのアスター。
巨大な花を咲かせたクリーム色のグラジオラス。
今週までが研修・訓練期間で、来週からいよいよ本格的な作業が始まります。
職場の先輩諸氏には、私と同年代くらいの女性もたくさんいて、その凄まじき
パワーに圧倒されっぱなしです。残業が2時間のときなど、私は最後のほう
意識が朦朧となっているなか、おばさま方は平然と作業を続けていて、10キロ
前後の荷物を楽々持ち運びしています。このあたりは、経験と慣れも大きいので
しょう、その作業工程に必要な筋力が形成、蓄積されているのだと思われます。
このところ長期間引きこもっているうちに筋力が落ちたことは前々から痛感して
いて、たとえば、家庭菜園用のプランターを持ち上げるのも苦労するようになり、
これはかなりヤバいかもと感じ始めてはいました。元々軟弱体質で、お粗末な
筋肉ではありましたが、あまりにひどい衰退ぶりに我ながら唖然としました。
春先に鳥の撮影に赴いた際も(このとき写した大量の作品を掲載するべく準備を
進め、完成寸前までこぎ着けたもののいったん見送られ、記事に登場するのは
ずっと先になりそうです)機材の重さに腕力がついていけず、左腕を痛め、
途中から隣にあった標識にもたれかかるようにして撮影を続けた始末でした。
今の職場が不採用の場合、三年ぶりのくじゅう連山登山を考えていました。
しかし、丸二年山泊まり装備での登山はご無沙汰で、果たして、テントや
食料を背負い山で数泊する体力があるのだろうかと不安に思っていたところ、
その心配は杞憂では済まなかったでしょう。体力、腕力、脚力、持久力、
いずれもひどい有様なことが、ここまでの十日間程度の研修期間中だけで、
はっきり思い知らされました。
今度の仕事は、並外れた体力、運動能力の持ち主だけが行えるような
特殊な作業では決してないでしょうけど、今の私にとっては相当ハードな
仕事になるかもしれません。実際、作業終了時には精魂疲れ果てていますしね。
ただ、一か月、二か月、あるいはもう少し長いスパンが必要かもですが、
しばらく持ちこたえられたとすると、衰え著しい体が少しは蘇るのでは
ないかという淡い期待を持っています。20代、30代までは無理でも、
5~10年程度、時間を巻き戻せるのではないかと思うのです。
自身に甘い私は、進んで自らきついトレーニングに身を投じることはまず
しないので、こうした縛りを強制的に設けないことには、体力を回復させる
手立てはなさそうです。「糧を得ながら、訓練を受けている」と言い聞かせ、
老体に鞭打って当面必死に食らいつくしかありません、もう一度あの頂に
立つ日を夢見て。
この写真、実は元々は縦位置で撮影したものを
その下三分の一ほどを横サイズで強引にトリミングしたものだ
撮影時には実像の桜のほうにも目が行っていたのが
現像する際、水に写る虚像のほうがはるかに魅力的だと気づいたのだ
【華やぐ水面~弘前公園外濠にて 2021.04.20撮影】
そしたらこの作品も、大胆なトリミングで
花弁の渦巻きだけをクローズアップしても面白いようにも思う
多少画質を犠牲にすることに目をつむれば
現像時自由自在に切りとることができるので
その作業を重ねることで脆弱な自分の審美眼が
少しでも研ぎ澄まされればと願う
原則現地でしっかりフレーミングできるに越したことはないのだ
【渦巻く水面~弘前公園外濠にて 2021.04.21撮影】
押し入れから出てきたのが、このものすごく旧型のモンベル製パックカバーです。
モンベルのロゴといい、当時は普通だったこの独特なモンベルカラーの色使いといい、
年代を感じずにはいられません。撥水性にすぐれたデュポン社の「ハイパロン」という
素材を積極的に自社製品に取り入れていた頃の商品だと思われます。20年から、
もしかすると30年近く前のモデルかもしれません。
割かし最近の(といっても、購入後10年は経過していそうですが)モデルと大きさを
比較してみました。旧型は30リットル、近年のは40リットル用なので正確では
ないのだけど、それでも明らかにわかる、このサイズ感の違いです。大昔は、全般
おおらかだったことがよくわかり、ザック、寝袋、テント、雨具等々、なにかにつけ
すべて大きく、かさばるのが普通だったんですね。それに比べると、モンベルの
唱えるところの「ライト&ファースト」の思想が一段と進み、近年登山用具は
何もかも軽量化され、ずいぶんコンパクトになっていますよね。
サイズの違いがよりわかるよう前後に並べてみましたが、あまりうまくは
伝わらないようです。
やや不安定ながら、まずまずの晴天が続いていた和歌山市、本日は午前中から雨が降り
出し、その前に野外作業を行いました。
ピーマン初収穫、3個とれました。出だしとしては、大きさ、形ともいい感じです。
フダンソウ(うまい菜)を収穫して、追肥しておきました。大量収穫となりましたが、
さすがに品質はやや落ちてきたようで、葉先の日焼けが出始めました。日射が強すぎる
のでしょう、今月いっぱいまでとれるかどうかだと思います。
遅れている梅雨入りも間近でしょうか、我が家のアジサイは最盛期を迎えています。
白いボール状のアジサイも満開。
「墨田の花火」って名前じゃあないみたいです、このアジサイ。裏庭に同じ品種の
大株が繁茂していて、今、入っていけない状態です。
勝手に生えてきたアサガオ。先日ほんの少し肥料を与えたのが効いたんですかね、
ものすごい勢いで伸び始めました。
赤色のアスター。
同期組が8名いて、幅広い年代がいる中、おそらく私が最長老、一番の若手は
二十歳の子です。平均年齢を著しく押し上げている私が、若い人たちと
同じように動けるのか、働けるのか、今のところ不安材料のほうが多いです。
コロナ禍の2年余り、ニュースで見聞きしていたことを今になって私が
追体験しているのは、人の顔の見分けがなかなかできない、覚えられないことで、
それが不安な気持ちにさらに拍車を掛けます。ほぼ常時マスクをしっ放しですし、
食事時も向かい合うこともないので、お互い顔認識ができないままなのです。
「背が高い」とか「ぽっちゃり型」とか、大まかな印象しか把握できません。
普通は、食事時や休憩時などでのおしゃべりで、お互いの人となりなどが
徐々にわかってくるのでしょうけど、黙食が基本の状況下、それもほとんど
ないですしね。
もちろん、上司や同僚の先輩方の顔認識もほぼできておらず、作業時は
目元だけしかわからないので、女性で眼鏡をかけている人などは、皆
同じように見えてしまい、区別がつかないんですよね。
入社時や入学時の際コミュニケーションが不足しがちだと、他人事のように
聞いていた昨今の社会情勢を、今まさに体感している私です。オールド・
ルーキー、頭も体も若い頃のようには動かないのは致し方なく、それでも、
これまでそれなりに培ってきたコミュ力を発揮するときかもしれません。
今回の旅行中に持ち出しで読めた唯一の本が、「幽霊座/横溝正史著」です。
往きの船内で三分の二ほど読み終えていました。その後別のもう一冊は三分の一
ほどで頓挫、続きを読めるのは少し先になるやもしれません。
幽霊座には表題作の中編一編と、『鴉(からす)』『トランプ台上の首』の
二編の短編が収録されています。いずれも横溝さんの代表作、有名作品、
あるいは映像化作品でないこともあり、金田一ものではありますが、現在
読むことが困難な作品でないかと思われます。
代表作でないから内容がお粗末かというと決してそうではなく、金田一ワールド、
横溝ワールドが全開、読み始めると止まらなくなる面白さなんですよねえ。
たとえば最近読んだ「名探偵に甘美なる死を」や「だから殺せなかった」などの
現在的で論理的にカチッと筋道を立てられた推理小説とでは、無論今となっては
見劣りする部分もあります。現在とは時代背景などが違いすぎるのでもちろん
単純には比較できないけど、筋立ての脇が甘いというか、展開がもたつき気味で
スピード感に欠けるというのか、一言で言うと「古さ」を隠し切れないのです。
それでもその世界観にすぐさまどっぷり浸かってしまい、ページをめくる手が
とまらなくなり夢中で読ませるのは、金田一が醸し出す魅力だし、それを
操る横溝さんの力量、技量なんでしょうか。
一見人付き合いが悪そうで外部との交流の少なそうな金田一ですが、意外に
そうでもなく、歌舞伎界を舞台に事件が勃発する『幽霊座』では、その登場人物
(歌舞伎俳優ら)と以前から面識があり、梨園とも付き合いがあって顔が効く
意外な一面も見せています。
一部の有名作品以外、現在は入手困難になっている金田一ものです。上記の
三作品も、そのまま埋もれ、忘れ去られるのは、いずれも惜しい作品です。
最近「横溝コレクション」として、長いこと廃刊だった作品群が様々な切り口で
まとめられ、シリーズ化され蘇っていますが、この一連の流れで、金田一ものも
すべて復刻してくれたらいいんですけどね。それまで待ちきれない方々は、
一部の図書館には、おそらく地元市民から寄贈されたであろう旧角川文庫版の
横溝シリーズが、けっこうな数そろっているところもあるので、そこを探り
当てるのが、それまでのつなぎとして今考え得る手でしょうか。
最近も『仮面舞踏会』の草稿や『悪霊島』の創作ノートが新たに発見されるなど、
いまだに話題に事欠かない横溝さん、まだまだ楽しませてくれそうです。
*近年、「横溝正史生誕120年記念復刊」と称し、角川文庫版が復刻出版
されているようで、「幽霊座」もついこの5月に発売されたばかりみたいです!
今回の再読は、別にこのタイミングを狙ったわけでなく、すごい偶然ですわ。
836円とけっこういいお値段しますが、興味のある方には、またとない
チャンスですよ。私の手元にない金田一ものも復刻されていて、買い足そうか
検討中です。図書館への入庫を期待しますが、今のところ和歌山では
その動きはないようですわ、残念ながら。