シチリア島東北部のナスNASUという山村から、北方の海に浮かぶサリーナ島を遠望した。そして、その名前の美しい響きにさまざまな想いを馳せた。
この旅は映画『山猫』の舞台を辿る旅であった。映画でバート・ランカスターが演じた主人公の名前がサリーナ公爵。原作の同名小説『山猫』の作者トマージ・ランペドゥーサはシチリアの貴族であったが、彼は小説の舞台の一つにナスを選び、村の山間からサリーナ島を眺めて主人公の名前としたと言われている。映画の中でバート・ランカスターは、没落過程にある貴族の尊厳を演じきった。それは、サリーナという「やさしい哀れみと気品ある響き」に呼応していた。
もう一つ思い起こしたのが、サリーナ島は映画『イル・ポスティーノ』の舞台となったことだ。この映画は、島の山上に住む詩人ネルーダと、毎日郵便物を届ける配達夫の友情物語。郵便配達夫を演じたマッシモ・トロイージは、映画の中では、最後にデモに巻き込まれて死ぬが、現実のトロイージもこの映画を撮り終えて一週間後に死ぬ。彼はどうしてもこの役をやりたくて、命を賭けて演じたのである。
郵便配達夫とネルーダが肩を並べて、崖の上から見下ろす紺碧のティレニア海の美しさは今も脳裏を離れない。その美しさに負けないような崇高な友情が二人の間に通い合う。無学で貧しい配達夫は、愛する娘へ恋文を書く術を持たず、あるときネルーダの詩をそのまま書いて彼女に贈った。それを知ったネルーダが、「人の詩を勝手に使ってはいけない」と諭すと、「・・・貴方の詩は、最早あなた個人のものではない。全世界の人々の所有物だ」と言い返す。--すばらしいシーンであった。
1月25日付この欄の「スペインと鳩」で、スペインの三大パブロのうちパブロ・ピカソとパブロ・カザルスに触れた。残る一人、詩人でチリのアジェンデ革命などにも参画したパブロ・ネルーダのことを、図らずもこの項で書くことになった。