旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

声帯の一部を失った歌手の挑戦

2008-02-25 17:33:17 | 文化(音楽、絵画、映画)

 

 ベー・チェチョルという韓国人オペラ歌手のドキュメンタリービデオ(NHK制作)を見て感動した。
 
ベーさんは美しい声と豊かな声量を持つテノール歌手で、ドイツの歌劇場で専属歌手を勤めるまでに成功していた。そのベーさんを襲ったのが甲状腺癌。しかも癌はかなり広がっており、手術の際に声帯の一部を取り除かざるを得なかった。
 
声を失った失意のベーさんを、奥さんと音楽プロデーサーのW氏やファンが励ます。励ましに支えられて発声練習を始めるが、昔の声はもとより、思うような声も出ない。日本の京都の医師の下で、声帯を可能な限り動かす手術を受け、少しずつ声を取り戻していく。
 
もちろん、オペラを歌うまでにはならない。ベーさんは日曜日には必ず教会に通う。彼を歌と結びつけたのは、子供時代から教会で歌った讃美歌であったし、手術の際に医師に促されて試しに出した声も讃美歌であった。その讃美歌を歌いながら少しずつ自身を取り戻し、未だ不十分の声ではあるが、教会の舞台に立って歌うまでになった。彼は言う。「讃美歌は声が出なくても歌が下手でも歌える。それは人間の心を神につなげるものであるから・・・」

 
それを聞き知った前記W氏は、ベーさんをもう一度舞台に立たせる必要を感じ、熱心に説得する。嫌がる彼をついに説得し、彼を支えてきた友人だけを前にした舞台で歌わせる。
 ソプラノ歌手
コッソッドの日本公演を終えて客の引いた広い音楽会場で、親しい友人たち何十人かが着席する客席を前に、舞台に立ったべー・チェチョルさんは美しい声で歌った。もちろんあの讃美歌を。歌い終えたベーさんに友人たちはブラボーを叫び、拍手は長く続いた。
 
舞台の袖で涙をたたえながら聞き入るW氏は「・・歌の巧拙ではない。苦しみを超え、努力を重ねた人の歌は一回り大きく、聴く人に別のものを与える。だから彼を舞台に戻したかったのだ」と語る。
 
ベーさんは苦難を乗り越えて、一段高いところで神と心を通わせたに違いない。
                            


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