ふぐのひれ酒を「香味アルコール飲料」と書いたが、香りではなく、精をつけ元気を取り戻すことを狙った卵酒なるものもある。若い頃、風邪を引くとおふくろが必ず「卵酒をつくろうか?」と言ったことを思い出す。卵入り熱燗酒で、カンカンの熱燗で温まり、汗を出し、酔いの勢いでぐっすり眠り、その間に卵の栄養分が効いてくれば、何も風邪でなくても万病に効くかもしれない。
不思議なのは、子供の頃(少なくとも20歳前)から飲まされた記憶があるが、おふくろはこれを未成年が飲んではいけない酒と思っていなかったのではないか? これも酒のジャンルには入らない「強請薬用アルコール飲料」とでもいうべきものか・・・。
森下賢一氏の「美酒佳肴の歳時記」によれば、この卵酒はヨーロッパにも古くからあり、アメリカの代表的なものは「トム&ジェリー」で、また「イギリスには、黒ビールを煮立たない程度に温めて、溶いたタマゴと砂糖を入れ、ブランデーとナツメグで風味づけする『エイル・フリップ』という卵酒もある。ワインで同じように作る『ポッセット』という卵酒もある」(同224頁)とあるので、古典的な酒の一種であるようだ。
私はてっきり日本酒特有のものと思っており、しかもおふくろの作る変な飲み物としか思っていなかった。エイル・フリップやポッセットのように念の入った作り方ではなく、とにかくアツアツ燗に生卵を放り込みかき混ぜただけのものと思っていた。熱い上にアルコールの匂いがツーンときて(当時わが家にはアル添三増酒しかなかったはずだから、相当悪い酒であったに違いない!)決して美味しいものではなかったが、正に「薬と思って」飲んだものだ。しかし今思えば砂糖ぐらいは入っていたのかもしれない。
そして、卵酒を飲めば、風邪ははいつの間にか治っていたような気もする。何も卵が入っていなくても、風邪気味のときは痛飲してよく寝れば、翌日二日酔いのさめるのに合わせて風邪も治っていたようだ。若くて体力もあり、もしかしたら当時の風邪は最近の「なになにウィルス」とか「何号インフルエンザ」などいうものに比べれば、酒で追い出せる程度の単純な菌であったのかもしれない。
世界中を駆けめぐり強力な菌に成長したウィルスには、もはや卵酒程度では勝てないだろう。しかし別の意味で、「美味しい卵酒」をつくり、健康なときに味わってみたいものだと思っている。