陸山会事件の裁判で、昨日行われた検察官側の指定弁護士による論告求刑は痛快であった。そもそもこの裁判は、巧妙な工作や言い逃れで検察側は証拠をつかみきれず、一度は無罪としものを、国民が業を煮やして強制起訴に持ち込んだものだ。
もちろん今回の強制裁判でも、被告側は巧妙な言い回しで証拠隠しをつづけ、新たなシッポを出したわけではないが、検察側(指定弁護士)はその罪を明快に言い切って禁固3年を求刑した。
「周到な準備と巧妙な工作を伴う計画的犯行で悪質。刑事責任回避のため不合理な否認を繰り返し反省の情は全くなく、規範意識の鈍磨とあいまって再犯の恐れは大きい。」毎日新聞朝刊一面)
今回の事件の悪質さ、特に小沢一郎という人物の悪を言い切っているのではないか。日本国民の多くは、被告並びに秘書による共犯を疑う者はない。この求刑でも、あらゆる状況判断から罪は十分に成立しているが、それを「計画的にかつ不合理に否認し続ける」ことこそ罪深いと論断している。
「反省の情は全くなく」、「規範意識は鈍磨」しているとしたのは、小沢に対する万人の評価を代弁しており、このような人物を野に放てば「再犯の恐れは大きい」とはよくぞ言ってくれた。
とはいえ最終結論では、裁判所は証拠不十分として無罪とするだろう。ここは一番、裁判所も頑張って万人の意をくんで、せめて「禁固一日、執行猶予付き」でもいいから有罪としてほしいものだ。規範意識の鈍磨している人間に政治をやらせることだけは避けてほしいから。